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BEGINを見る度に

 「涙そうそう」は好きな歌だ。それをBEGINが作曲した。彼らとは一度新聞紙上で同じページに載ったことがある。元日の朝日新聞に「今年のホープ」で彼らは音楽で、ぼくらは演劇で取り上げられたのだった。もう13,4年ほど前になるか。

 BEGINは着実に業績を残している。活躍しているので、時々見かける。その度に、「そっちは、どや?」と言われているような気がしたりする。彼らが独自のスタイルを通しているのも嬉しい。

 あれからの年月でぼくはどれだけのものを積み重ねることができたか。2007年に賭ける。

 

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動きが少ない芝居なんだ

 ぼくの書く脚本は台詞芝居なんだろう。大きな動きがない。それでいいのかと問い返しは常にあるけれど、そういうのは他の人がやってるので、まッいいかと思う。「勝手に劇評させとくれ」のHPに自作を上演した次のような文を読むと元気が出る。

 水戸第一高校の「雨の街、夜の部屋」について。ひさびさに芝居の原点を極めようという芝居に出く   わした。昨年度の神奈川県大会の法政第二高校の「十二人の怒れる男たち」同様、見事な台詞劇だった。音や照明に頼らない芝居づくりは、実際なかなか難しい。ごまかしがきかない芝居づくりということだ。特に途中登場のキーパーソンの警備員は(どうやら地方大会とは役柄変更したらしいが)、若干の台詞のトチリはありながらも、その強烈なキャラクターで会場を圧倒した。

 遠くの顔を知らない学校が上演したのだけれど、これを読んだ時は嬉しかった。

 警備員は芝居が動かなくなったので、出した。それでも動かなくなったので、カツ丼の出前を出した。中心となる人物達に全く異質な人間を絡ませると芝居が転がるのだ。動きにも人間は現れる。しかし、動きが少なくても人間は現れると考えている。人間を提出したいのだ。味付けはくすぐりめいた笑い。大笑いは要らない。

 来年の夏、大分で、そんな芝居を上演します。

 

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旗揚げ脚本はアダルトビデオの女優が主人公

 ほぼ頭の中で出来上がった。

 細部を書いても変わるかもしれないので、とにかく主人公はアダルトビデオの女優。ところが、それを演じれる女性を探すことが難しい。というより、最初から出す気持ちはない。いや、もし、AV女優さんが出たいというのであれば、出します。ノーギャラですけど。

 アダルトビデオの女優が学校をかき乱すというのが来年の夏の旗揚げ脚本だ!

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風の劇場を訪ねた

 東京演劇集団風の劇場は一回観たかった。その劇場を訪ねた。

 来年ブレヒトの芝居の仕込みの最中で、ベテラン、若手が一緒になって準備をしていた。芝居仲間のいい感じが一杯で、羨ましくて仕方なかった。ヤマシンは一回行った方がいいかもしれない。芝居仲間のあるべき姿を学べるはずだ。

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ジョン・ヒューストンのこだわり

 ヒューストンは『黄金』という映画で父親を配役している。電話で出演の依頼をして、「歯を全部抜いてくれないか」。日本でもクロサワは歯を抜かせている。

 こだわりと徹底。分かっているんだが、遠慮してしまうぼくはダメなのだな。

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禁煙、節酒、さて芝居

 大分県佐伯市で来年夏旗揚げする SWING-BY は年明けに初会合をすることになっている。オリジナル作品で挑みたいと、目下、仕事の合間にもメモしながら脚本が産声をあげる状況を作っている。演劇の土壌もウナギもない場所なので、ぼくも舞台に立つことになるのだろうナと思い、2時間近い舞台に立つ気力と体力を考えている。

 演技することの楽しさ。それより怖さ。「それ、演技でしょ?」と演技はウソだと考えられているが、演技にはウソがないから演技なのだ。与えられた役割、言葉、動き。それに自分をどう重ねることができるか。全て真実。ウソに観客がOKするものか!

 ぼくは観客をくすぐりたい。大笑いじゃなく、コチョコチョ、と。

 ヤン・コットは『ハムレット』を論じる中で「演劇はスポンジのように時代を吸収する」と言った。確かに。芝居は時代を呼吸する。その点で芝居はあらゆる芸術に引けを取らない。むしろ抜きん出ていると声高に主張したいくらいだ。多分、ある程度時代と対決する舞台になるだろう。ただ、来年の参議院選挙の後になるので、その辺までに政治が誠実になっていれば、ちょっと困るけれど、困った方が日本にはいいから、いいか。

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ジョン・ヒューストンの自伝が面白い

『王になりたかった男』をトイレに置いて、読んでいる。現在レッドパージの部分。あの頃のアメリカはひどかったようだ。ヒューストンも呼ばれたが「私が好きなのは、馬と強い酒と女だ」でチョンってのも、いい加減さと同時にヒューストンの肝っ玉の大きさがうかがわれる。年内の読み終えることができるかどうか。今年一番面白かった本になるだろうな。

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日田三隈、九州大会最優秀賞!

 通夜の席で携帯が一回震えた。こっそり観ると、九州大会の結果。日田三隈の快挙。場所的に心の中で頷くことしかしなかったけれど、快挙。元気が出る。

 

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一所懸命の度合い

 山口達也の演じる林家三平のドラマを観た。笑い一つに莫大なエネルギーを注ぎ込んだ三平を観て、ぼくは甘いことを痛感した。表現って、命を削る作業から生まれるのだ。頑張れと励まされたように思う。

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そうか、挑んでいるんだ・・・

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禁煙で税金を考えた

 タウンミーティングという意見操作企画でエレベーター係で2万とか、とにかくベラボーな銭使って、関係者が300万くらい返して、おいおい、それであんたら無罪かよ。悪いから給料返納したんだろう。そうか、そうすれば、無罪になるのか。美しい国って、こういうことなのだね。

 政治家は可哀想な人種だ。叩かれることばかりで、褒められることが少ない。でも、それは多くの人もそうだ。今、褒められた数を指で折って数えてみなさい。ないでしょ?でも、政治家はモウカル商売なんだな、多分。だから、子どももそうなる。カン民主党直人の息子は落選したけど、自民党と民主党の違いはアパートの2階と1階程度の違いなんだな。反自民の小沢は面白いけれど、寝技ばかりで、政策に画期的なものがない。安部、小沢、お前ら目くそ,鼻くそだ。目くそと鼻くそどっちがいいか、選べ!

 働いて税金を取られる。その金がエレベーターに2万。ぼく達は怒っていい。

 タウンミーティングでおいしい思いをした連中がいる。安部が100マン。「金で解決できる問題ではない」という野党の質問に「お金で解決とか失礼でしょう」みたいな反論を安部はした。しかし、あんた、お金で返したでしょ。お金で解決したんでしょ。ホント、アホなことばかり繰り返して。どこが美しいんだ。まず、あなたが美しくなりなさい、安部シンゾウ。

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タバコをやめると

 ギターを引っ張り出して、動かない指でスリーフィンガーでかぐや姫を歌ったりする。平日のこんな時間にだよ。詳しく観察して、報告します。

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禁煙について書いたら、

携帯灰皿のトラックバックがついた。イヤガラセ?

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禁煙一週間

 タバコをやめた。先週、ふと、決意した。苦しければ、いつでも吸おうと思うが、どこまで我慢できるかを確かめたいと思っている。時々、無性に吸いたくなるが、ガムを噛むか、お茶を飲むか、誰かに話しかける。

 ガムを噛むせいか、家に帰って飲む酒が美味くない。美味くなければ飲まなければいいだけのことだ。その分を貯める方向に行ければと思う。タバコだけで少なくとも10万なのだ。

 禁煙の方がいいことだらけなのだがな・・・。

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どうせ見るなら大きい夢を

 仲間を集めて芝居をする。新幹線構想から弾き飛ばされた九州の裏街道の外れの小さな町だ。しかし、時間と労力と少しの金をかけて取り組む限りは、「小さな町の小さなグループの」の後に物珍しさめいた言葉で続けられるような芝居は創りたくない。

 『テアトロ』『悲劇喜劇』『台詞の時代』で、現在先頭を走っている人たちの作品に触れる。いい作品には嫉妬する。何故こういう脚本を書けないんだ、と、嫉妬する。ただ、時にはつまらないと思う作品もある。

 地方区ではあるが、気持ちは全国区。どこに出しても恥ずかしくない脚本を、とにかく、仕上げる。それだけのことだ。

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本を処分する

 10年前、本を処分した。段ボール20箱。古本屋に電話したら、すぐに来て、箱のふたを開けて、下の本を見ないまま、「一箱千円」。了承したが、ジャンル別に仕分けたたので、上の方に高い本を置いておけば、と、思ったけれど、何を置いても同じだったのだろう。

 身辺整理を兼ねて、今度も処分することにした。押入れを漁ると、こんな本もあったのか、と、感激する。結構いい本を持ってるじゃないか、と、思う。しかし、捨てる時、感傷は禁物。恋人と別れる時と同じだ。あれ考えてたら際限がない。部屋から可能な限りの本を捨てるのが目的だから、思い切りが肝心だよ、ホレイショー。捨てる場所は歳末助け合い募金の箱。一冊10円ってのが後ろ髪を引くけれど、まッいいか。演劇関係の本は希望者がいて、そこには寄贈。年内に500冊以内にしたいと思う。

 身軽になって死への旅路を辿ろうと思う。(『リア王』)

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脚本が生まれる時

 脚本をつくることはできる。どんな題材でも、タイトルでも、与えられれば、つくることはできる。しかし所詮つくられたものは人を動かすだけの力はない。

 いい作品はつくられない。生まれる。生まれるものはそれだけの強さがある。ぼくにとって、その代表は安部雅浩の『狼になりたい』。父親と死と息子の誕生で生まれた、おそらく高校演劇史上の傑作の一つ。

 ぼくは今生まれる環境つくりをしている。ある一室での芝居になるが、その部屋のあれこれを考え、登場人物の顔、格好、衣服を考える。それが明確になれば、人は喋り、動く。書く作業より、設定の方がはるかに時間がかかるし面倒だ。しかし、書く作業は、そこが一番面白い。

 脚本は特殊化と一般化が持論だ。ただどこかのある場面を切り取るだけでは、役者やスタッフ、観客の大勢を動かすことはできない。脚本から始まり、役者やスタッフが時間をかけ考え、練習して、そして、観客は貴重な時間を割いて劇場のシートに身を沈める。その全てが一人一人の命を削る作業に等しい。だから、ぼくは、演劇を「趣味」に出来ない。

 同じ事情の人は多いと思う。頑張りましょう、というのは、余りにありふれている言葉だけれど、そう言うしかない。頑張りましょう。頑張り続けましょう!

 

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