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脚本が生まれる時

 脚本をつくることはできる。どんな題材でも、タイトルでも、与えられれば、つくることはできる。しかし所詮つくられたものは人を動かすだけの力はない。

 いい作品はつくられない。生まれる。生まれるものはそれだけの強さがある。ぼくにとって、その代表は安部雅浩の『狼になりたい』。父親と死と息子の誕生で生まれた、おそらく高校演劇史上の傑作の一つ。

 ぼくは今生まれる環境つくりをしている。ある一室での芝居になるが、その部屋のあれこれを考え、登場人物の顔、格好、衣服を考える。それが明確になれば、人は喋り、動く。書く作業より、設定の方がはるかに時間がかかるし面倒だ。しかし、書く作業は、そこが一番面白い。

 脚本は特殊化と一般化が持論だ。ただどこかのある場面を切り取るだけでは、役者やスタッフ、観客の大勢を動かすことはできない。脚本から始まり、役者やスタッフが時間をかけ考え、練習して、そして、観客は貴重な時間を割いて劇場のシートに身を沈める。その全てが一人一人の命を削る作業に等しい。だから、ぼくは、演劇を「趣味」に出来ない。

 同じ事情の人は多いと思う。頑張りましょう、というのは、余りにありふれている言葉だけれど、そう言うしかない。頑張りましょう。頑張り続けましょう!

 

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