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本谷有希子『遭難、』を読む

 芝居には世界や人間をえぐる働きがあるように思う。この脚本がえぐっているのは作者自身の感性ではないかと思う。表現活動にはそれが伴うのだろう。どうしても自分と向き合わなくざるを得ない。

 ただ、これを読んでいて、きつくなる思い。上演を観たら、全く別のお笑いになるのかもしれないけれど、きつい。学校が舞台だけれど、学校が一番表現装置としてはよかったということなのか。読解力の不足を思いながら、不思議な世界に出会ったような作品だった。

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