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デヴィドッド・ボールの言葉(6)

私たちがすでに知っていることや、簡単に分かることを使って、私たちが知らないことや、簡単には伝えられないことを描写したり、詳しく記述するのが、イメージの働きだ。

                            『戯曲の読み方』(ブロンズ新社・常田景子訳)

 ぼく達「劇作家以前」は表現と説明の区別がついていないため、つまらない台詞、弁論大会や説教大会にしてしまうことがある。観客を信頼していないからではないかと思う。芝居の8割は観客と同じ知識、感性で成り立っている。『スター・ウオーズ』にしろ『ハリー・ポッター』にしろ、話としては新しくない。従来のあれこれにちょっと手を加えた程度。おそらく、だから、受け容れられたのだろう。

 観客を信頼すれば、信頼できるから、作品は大きく飛躍できる。

 戯曲は、小説より、詩に近い、と、ぼくは思う。尊敬する劇作家の一人は唐十郎。テネシー・ウイリアムズもいい。二人とも詩人の要素が大きい。イメージのない芝居は時間の浪費だ。

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コメント

イメージが固まってしまっている役者、
広げられない役者、辛いです。
どうしてあげたらいいんだろうと思う。

投稿: ざぶんっ | 2007年2月22日 (木) 17時16分

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