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三島由紀夫『わが友ヒットラー』を読む

 新潮文庫に女だけの芝居『サド侯爵』夫人』と収められている男だけの芝居。ヒットラーが狂気の一歩を踏み出す瞬間といえばいいのか、その辺を描いている。いいところを切り取ったと思う。

 戦争が好きで戦争を始めた為政者がどれだけいたか分からない。多分多くは戦争がいけないと思っていた、と、信じたい。しかし、戦争は終わらない。どこかで終われば、どこかで始まる。ベケットが「世界の涙の量は一定だ。誰かかが泣き出せば、誰かかが泣き止み。誰かが泣き止めば、誰かが泣き出すからだ」と書いたが、それと同じだ。戦争がいけないと思っていたトップが戦争に走り出す瞬間こそ断然面白いと思う。一兵士のあれこれより、劇的だと思う。

 男だけの芝居っていうのもいい。

 何かを描く時、幾つかの要素が並べられる。その肝心な一つをカットすることで、芝居がグンと立ち上がることがあると思う。理想の女を描きたければ、その女を演じられる女性を捜すより、話の中だけにした方がいいのと同じ。観客が、その想像力できちんと創りあげてくれるのだ。

 三島の知識の凄さ。翻訳劇、にしても、誰も疑わない。それは多分彼が書きながらクスクス笑いをしたのかもしれない。

 

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