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生きるということ

 卒業を前に生徒が事故。ICUは身体が生きようとして闘っている場所だ。

 おそらく身体、命には生き延びること意外はプログラムされていない。手首を切れば痛い。その痛さは生へと向う意志なのだ。異物を飲み込めば、身体は吐き出そうとする。身体は生きることを求めている。

 3年間付き合った連中と、今日が最後の授業。生きるということについて話した。

 人間には支えがいる。それは仕事であったり、家族であったり、宗教であったり。

 ただ、その支えにのっかかり過ぎてはいけないように思う。基本的には、私一人、一人の私。結婚の時に「一心同体」とかいうけれど、幻想でしかない。二心二体。みんなで山に登る時に、この人と登ると楽しい程度なのだ。そういう相手がいるだけでもいいんではないのか。

 ICUの彼が今懸命に生きることに向っている。身体への応援は医師がしている。ぼくは彼の精神に祈り続ける。生きよ、生きて、生け!

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コメント

私も8前にICUと病院の個室で一ヶ月前後生死の狭間彷徨った事があるので人事の気がしない。私は4ヵ所の脳挫傷と骨盤骨折から奇跡的な回復する事ができたが、その子もICUから出ることができ、リハビリに励む事ができるようになる事を私も祈ろうと思う。人間は一人だけど、一人じゃないよ!皆が君の事を思ってるよ!ガンバレ!ガンバレ!

投稿: ヤマシン | 2007年2月 3日 (土) 00時35分

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