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劇場の問題

 劇場と呼べるものは少なく、殆どはホール。講演会やカラオケ大会にも使われる。

 そこが、結構問題が多い。建物は人の指紋がつくほどに長生きすると思うが、管理する側はそんなことは関係ない。管理するだけ。高校演劇の大会で減免のお願いをしても、「市の福祉関係の行事でもやっていません」という言葉が返ってきたりするところが少なくない。でも、滅多に使われることがなく、一年の使用率は3割程度ではないか。

 そこを使えば、人が集まる。ホールは人が集まらないことには死んだ空間だ。

 あるホールである劇団が上演して、前日の仕込みの時に役者の一人がムカデで噛まれ、急遽東京から代役を呼んだという話しがある。

 行政とは市民の中で呼吸することが肝心で、それがなされていない。

 大分の中では国東のアストくにさきがトップ。職員の方の姿勢が「使ってくれてありがとうございます」で、こちらが低姿勢になってしまう。三重町のエイトピア大野もいい。朝挨拶に事務所に伺うと、{どうぞ好きに使ってください」というおおらかさで、会場付近に姿を出すことはない。安心院の町民会館もよかった。どうにか10時までに会館外に荷物を出したら、会館の人が来て「ご協力いただいてすみません。一応10時までということになっていますので。外の明かりは一晩中つけておきますので、怪我のないように」。こう言われると、10時までがクセになっているので、嬉しくなってしまう。

 金をかけた建物が使われることなく、廃墟になっていく。そんなことやめた方がいい。どんどん使ってください、と、言えないか。朽ちていく建物だ。必要経費だけでもいいんじゃないか。

 もう一度言う。建物は人間が使って初めて価値がある。

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