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マリオ・ブラッティ『橋』を読む

 先日東京の演劇人Y氏が来訪。そこで飲んでいる時に、ぼく達の代表ヤマシンと二人で芝居をしたい云々。飲んでいて覚えていないのだが、Y氏は電話して「ナントカカントカの脚本を送って」と。そしてその二日後に届いた。三人芝居だが、折角の好意なので、声に出して読んだ。以前は三人くらいの脚本なら、自分で役つくりしながら読めたのだが、う~ん、かなりダメになっていることを痛感した。

 脚本は設定がいい。だが、そのまま上演するには時代の隔たりがある。設定をもらって、日本の現代版に書き直したいと思う。今の日本には使える。

 舞台に向けての基礎を書きながら、日常での会話力の衰えと発語量の減少。ある学校の修学旅行で、教師が夜見回っている時、携帯でメールをしている生徒がいた。「誰に送っているんだ」との教師に「隣の佐藤君です」。「隣に寝てるんだったら話せよ」とその教師は言い残して帰ったとのこと。

 現実が演劇の世界をこえてしまった、と、そんなことをずいぶん昔につかこうへいは言った。ただ、劇は人間を吸い取る部分があると思う。劇は人間がいる限り可能ではないか。

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