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生き方と演劇

 特に容姿端麗という訳でもない。でも彼らは輝いていた。アメリカで子どもが英単語のスペリングを正確に言うコンテストでのこと。地区大会を勝ち抜いた連中が全米大会のステージに立つ。順番に前に出て、与えられた英単語のスペルを言う。正解ならば、残り、間違うとそこで退場。最後に残った者がチャンピオンになる。そこで出題される英単語はまず日常では使わない。彼らの部屋には分厚い辞典が置いてあり、一日5,6時間勉強する。漢字検定一級には、マニアックな問題が多いが、それを考えればいい。

 空いている時間を何かで埋める。そのための演劇であれば、多分失敗する。高校演劇はお金を取らないが、金を取る取らないだけじゃない。気持ちの問題だ。目の前の観客に全身全霊で挑むことによってしか、劇場は生まれない。舞台と客席が一体となった時に、そこは劇場になっているのだ。劇場になれない舞台と客席だけの場所を流れる空気は冷え切っている。

 睡眠を削ってまで取り組むことはない。そんなことをしていいことは何もない。ただ、やむを得ずそうしなければいけないこともあろう。スペリングコンテストに挑む子どもたちの中には買い物や、集まりへの参加の時間を惜しんで取り組んだ。プロとアマの違いの線引きは難しいが、そういう彼らはプロだといっていいように思う。練習は繰り返し。何度やってもOKとしない。もっともっとを求める気持ちなら今すぐにでも持つことができるはずだ。後は、継続。

 つまらない舞台は、つらねえ生き方をしてるからだ、と、断言していいかもしれない。いい生き方をしよう。ついでに満足でき、満足させる舞台まで活力の枠を広げようじゃないか。

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