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青春の光と影

 母親を殺したり、友達にヤキを入れた若者もいれば、プロを制して優勝した若者もいる。

 こういう時代にたかだか文科省の役人が多様な若者に対応できるとは思わない。彼らは優秀であり、自分が優秀であることを知っている(正しくは、思い込んでいるから)多様さをコントロールことなんざ難しいこととは思わない。ただ、彼らは、正しくは、若者のためにしているのではなく、自分のためにしている。何かすることで自分が上に行くこと、それだけが目的なのだ。だから、現場を何も考えないイビツなことばかりやってしまう。誰が土曜日を休みにしてくれと言った。誰がゆとり教育を望んだ。そうすることでこうなるという明確なビジョンがないまま、向こう受けを狙うような小手先だけのことだしかできない。若者は出世欲の犠牲になっているだけだ。

 光の中にいる若者より、影になっている若者を考えるのが本当の仕事なんだな。

 で、ぼくは、小学生から演劇をやって、大きな声をだして、自由に動くことの面白さを知ればいいと思う。コミュニケーションが大事と云うけれど、大切なんだと繰り返すだけでは何も言ってないと同じなのだ。演劇はその辺をスルリと越えることができる。演劇は人。私だけではどうしようもない。常に誰かがいる。その誰かと向き合い、聞き、話すことが求められる。それが実に楽しい形で展開される。日本の神話の天岩戸も、結局は天照大神とのコミュニケーションを求める作業じゃないか。

 演劇はいい。それができることは幸せなんだろうな。

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