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私流脚本の書き方(3)

 場所と登場人物が決まると登場人物が語り始める。ぼくはそれを記録するだけだ。

 ただ、日頃から色々なものに触れておく必要があるように思う。その情報源にならないのがテレビだと思う。活字の方がいい。沢木耕太郎の『人の砂漠』のある章を読んで、ぼくはほぼ一日で『るるてんてん』という一人芝居を書いた。大分弁を使ったのはぼくの身近な人、特に祖母との語らいがあって、それが影響したいと思う。活字は自分でイメージを作るからいいのだと思う。散歩もいい。いつもは歩かないところを歩くと、家の脇に捨てられたような子どもの遊具が何かを語りかけることもある。

 「ミューゼよ、我に語らせたまえ」と昔の詩人は言ったとか。何かがその人に下りてきて、その人を通して作品となるだけなのだとある老齢の文学研究家が教えてくれたことがある。「それ」との出会いを求め続けていると、いつかは出会う。出会うまで求め続ける。それしかない。

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