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私流脚本の書き方(2)

 脚本は、小さな積み重ねを大切にしないといけないと考える。話題が飛躍してもいいが、それには理由がいる。作者の勝手な都合だけではいけない。作者には流れがあっても、観客には今があって次に行く。高校演劇の舞台で暗転が多いのはまず失敗だ。流れに急いで、一つ一つの場をきちんと組み立てていないからだ。そのため、ぼくは暗転なしの一幕一場の芝居を書く。

 ただ、先に進まない時がある。その時には異物を出す。『雨の街、夜の部屋』では学校に呼び出された二組の両親の芝居だが、途中で警備員を入れたところ、芝居は転がり始めた。

 たとえば子どもだけの芝居は、同じ立場の人間だけだから、難しい。いじめや両親の離婚を持ち出しても難しい。しかし、異物として、状況をガラリと変える話題は可能だろうと思う。ただ、それにしても、言葉だけでは弱い。だから、そも子ども達を何処の場所に置くかが問題になる。教師や家では限界がある。彼らを丸ごと、日常とはちょっと(ちょっと、です)離れた場所に置くと異物を出す可能性が広がる。

 ただ、異物は、メインの人物をあぶりだす装置でしかないから、でしゃばりすぎてはならない。

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