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清水邦夫『ぼくらが非情の大河をくだる時』を読む

 演劇とは何か。今までかなりの議論が繰り返された。答えはない。答えは、つくる側と観る側の間にあるのだろう。だから、それを求めてつくり続ける。

 ぼくは脚本を書き、演出もし、役者をすることもある。どこかの部分で確かな手応えを求める。それは頭ではなく、皮膚感覚に近い。皮膚感覚は言葉では説明できない。だから、芝居は小説より、詩に近いと思う。

 唐十郎と清水邦夫の作品には詩がある。言葉で支えられていないからこその、強さがある。二人の作品は不滅だろう。詩は肉体感覚から生れる。肉体感覚は人間感覚と言い換えても残るものはある。詩は表層を突き破る力がある。人間のナマが舞台に現れて、観客と共有できるある感覚。それは言葉にはできない。簡単に言葉にできる表現なら、簡単にしてしまえばいい。清水邦夫の脚本は挑発する。

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