« 市報補足ー演じるということ | トップページ | 土田英生『衛兵たち、西高東低の鼻を嘆く』を読む »

ロナルド・ハーウッド『どちらの側に立つか』を読む

 フルトヴェングラーという名前だけは知っている伝説の指揮者。第二次世界大戦が終わって、彼はナチスに協力したとかで「戦犯」の一人として扱われたようだ。この作品はマエストロを訊問する内容。訊問する責任者が、保険会社で支払いの際の調査担当者という設定がこの作品を面白くしているのかもしれない。ただ、政治と芸術の関係になると、どうしても主張する言葉が多くなってくる。

 裁判劇、法廷劇になるのだろう。しかし、読みながら思ったのだが、フルトヴェングラーが助けた人達との芝居にした方が良かったのではないか。作品に出てくるピアニストの妻とのエピソード。彼らとの場面を描く方が、個人が浮かび上がり、その個人と大きな問題とを描く手法の方がいいような気がする。

 何かを描く時には、全部を取ると、作品は意志を失う。この作品が取ったものより、捨てたものの方に強い好奇心を持った。とすれば、失敗作か。ただ、読み物としては面白い。フルトヴェングラーについて、ちょっとだけ調べたもんな。

|

« 市報補足ー演じるということ | トップページ | 土田英生『衛兵たち、西高東低の鼻を嘆く』を読む »

脚本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ロナルド・ハーウッド『どちらの側に立つか』を読む:

« 市報補足ー演じるということ | トップページ | 土田英生『衛兵たち、西高東低の鼻を嘆く』を読む »