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出会った言葉(4)

観客というのは謎である。観客の反応を分析する目的で、これまで幾度か心拍数や体温の計測を含めたさまざまな科学的実験が行われた。いずれの実験も、なぜ観客がひとつの心と体を持つように反応するのかその理由を解明するには至らなかった。映画に注意が集中し、内容に共感を覚え、そのリズムと気持ちが一体になりだすと、観客は、集団として、一観客の能力をこえた受容力と感受性を発揮するようになる。ひとたびこのような状態に入ると、観客はこのうえなく微妙なユーモアすら理解し、それに反応する。あたかも一個の集合的感性がスクリーンを前にして誕生したかのようになるのである。同様に、映画に反撥をおぼえると、観客全体が一枚の岩盤のようになることがある。ビクともしない障壁を自分たちのまわりにめぐらしてしまい、映画の語りかけにまるで耳を貸さなくなるのだ。ジョン・ヒューストン『王になろうとした男』(宮本高晴訳 清流出版)

 ぼくが大学で演劇を始めた頃は観客論が盛んだったような記憶がある。最近は余りないようだが、表現は受け手を抜きにしては成立しない。脚本着手の前に、肝に銘じて。

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