« 木下順二『子午線の祀り』を読む | トップページ | 小学校の卒業式 »

木下順二『暗い火花』を読む

 野間宏君はこの戯曲のことを戦後文学の「実験小説」に相当する作品であって、人間の意識の追及を試みようとした「意識のドラマ」といってくれていますが、それはその通りです。

 木下順二全集9には『暗い火花』と小説『無限軌道』が収められている。各巻には木下が作品について書いた文がいくつか収められている。今回、それをちょっとめくってみて冒頭に上記文章に接し、野間が本当に褒めているのか、そしてその野間の言葉を額面通りに受け取る木下の人柄に少々がっかりしている。

 実験小説ということは戯曲スタイルの小説いうことだ。野間は戯曲としては認めていないということになりはしないか。小説と戯曲は全く違うのだ。

 これで木下順二の全集と付き合うのは終わりにしたいと思う。日本演劇史の中で巨星の一人の作品を今回一日一作という方針で読んできた。木下作品は今でも上演されているようだ。でも、ぼくは、たとえば井上ひさしが戦争にこだわって書き続けている一連の作品の方が好きだし、面白い。木下が「思想がない」と批判したひさしの作品には、木下のような思想はないかもしれない。しかし、人間への眼差しがある。人間への眼差しこそ思想の根底ではないかと思う。木下にそれがあったのか、作品を読んだ限り、それは感じ取れない。彼の思想とは、時代への眼差しではなかったか。その時代を描くにしても、人間の感触豊かに描くしかないんではないか。もしかすると、自分が納得いく描き方を模索した木下自身が舞台にのせる一番面白い素材ではなかろうかとさえ思える。

|

« 木下順二『子午線の祀り』を読む | トップページ | 小学校の卒業式 »

脚本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 木下順二『暗い火花』を読む:

« 木下順二『子午線の祀り』を読む | トップページ | 小学校の卒業式 »