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木下順二の脚本は何故面白くないか

 ぼくの読みの浅さはあるだろうことを断っておかないといけないだろうナ。ナニセ巨匠だから、その巨匠に素人が「面白くない」というのだから。今まで23本の木下作品を読んできた。全集にはあと4,5本あるから、一応全部読んでみるつもりだけれど、結論らしきものがあるので、ここで書いておきたい。

 木下順二には遊び心がない。

 遊び心がないのは観客不在だからだ。木下が井上ひさしの作品に「思想がない」と言い、それに対してひさしが「思想なんていらない、趣向だ」と反論した。ひさしの趣向とは遊び心と言い換えてもいいだろう。遊び心は、こう書けば(演劇だから「こうすれば」になるだろうが)受け手がどう反応するかを考えざるを得ない。受け手があってからこそ遊び心は成立する。それが木下順二にはなかった。

 彼には自分の問題を脚本という形で整理しただけではないのだろうか。

 木下の民話劇が面白いのは、既に受け手との間で成立している素材を扱うからだろう。

 木下のこだわりと書き続けてきたことには尊敬するし、困難な素材を会話で処理してくれると、わかりやすいから面白い。ただ、彼の現代劇は演劇ではないと思う。彼の「思想」を整理するための道具だった。(ああ、こんなこと書くと怒り心頭に発する人たちがいるかもナ。)以後、これを確かめる読書になる。

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