« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

公演日記(9)

 弥生町民会館の舞台でとにかく一回通す。舞台に立って、客席を見渡す時の軽い興奮は最高ですね。ぼくは時々客席から舞台を眺めながら台詞を言ったりした。問題点ばかり。後40日ちょっとでそれを解決しなければ。

 チケットが刷り上がる。何枚か売ってあげるという方どうぞメールを。今回はポスターも作りました。印刷の仕上がりが連休明けにります。公演は6月14日(土)です。ご来場、お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公演日記(8)

 キムタクと松たか子の『ラブジェネレイション』の再放送をたまたま見て、昔、ある女性と熱く語り合っていたことを思い出した。そのうちコトンと眠り、本番前に台詞を覚えていない夢をみた。目覚めたら、汗をかいていた。

 何故そんな思いをしながら、芝居をするんだろうか。暇つぶし? 趣味? 

 どうもそんな言葉では括れない部分、はみ出してしまう部分があるような気がする。リンゴとミカンどっちが好き?と言われて、ミカンと答えて、何故と問われても納得いかない言葉を並べるだけになってしまうのと似ているのかもしれない。面白いから。それしかないのだけれど、どこが?何が?と訊かれてお、わからない。たぶん、それを明確にしようとするためかもしれない。

 芝居は自分と直面し、自分を知るためには一番すぐれた「装置」だと思う。新しい自分を模索するのが稽古場。明日は本番の舞台を踏んでの稽古日。台詞、入れないと。もう夢はみたくない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公演日記(7)

 バレー、むしろバレェって書いた方がいいかもしれないが、ちょっとしただけだったのに、日ごろ使わない部分を刺激した名残が腰の辺りにある。とにかく、もうちょっと鍛えなくては。犬と散歩しながらも、そういう自覚を持って歩いた(ナンのこっちゃ)。煙草も控え、酒も量を減らし、日常の動きの中で、舞台に向かう身体にしなくては。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

公演日記(6)

 高校生がバレーをやっているので、今日の練習の準備運動はバレーの講習でやった。足の位置、背筋を伸ばしたまま、膝を曲げたり、足を後ろにやったり、肩を上げないで手を上げる等。今ぼくの腰の辺りに少々違和感が漂っている。ホント難しい。彼女の凛とした立ち姿は生半可ではない訓練の結果だったのだ。

 さて、次回の稽古は本番のステージでする。台詞を入れないと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公演日記(5)

 スタインベックの脚本。やたら氷が運び込まれた舞台。こんなもんでいいか。そろそろ本番だ。ちょっと台詞を合わせるか。そこで、愕然。台詞が一言も入っていない。おい。どうするんだ!

 本番を意識すると毎回こんな夢をみる。

 くるまをメンテナンスに出して、代車に乗ったせいか。そんなの、関係ねえ?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

公演日記(4)

 立ち稽古に入ると問題がどんどん出てくる。問題が出てくるほど面白い。解決に時間がかかるほど面白い。肝心なことは一つ一つの問題を直視し、逃げないことだ。

 稽古場のある体育館であるスポーツをしている教え子と再会。訳のわからないウダウダの時間を過ごすよりいい。活動。それこそ生きていることだろう。「頑張って!」の一言で老体にエネルギーが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公演日記(3)

 今年は授業が昨年より6時間増えて、忙しい。カバンに脚本は入れているのだが、弁当を食べながらでも読む余裕がない。今年は学力を上げることに結構マジになっているので、その周辺のことを考えることが多い。

 車のエンジンをかけるとCDの音声が流れ始める。通勤時間はほぼ30分。現在は最初の30分ほどを聴いているが、相手の声を聴きながら自分の台詞を口にするのは結構いい。勉強する時に「目」を信用してはいけない、と、生徒によく言う。まさにその通り。

 車の中が現在ぼくの稽古場。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

猫に噛まれる

 土曜日の朝、草取りをしていたら、ちょっと付き合いのある猫がやってきて、撫でていたら、左手をガブリとやられた。

 それが次第に腫れてきて、痛く、夜の練習の頃にはハンドルを切るにも不自由なくらい。今、やっと、痛みと腫れの部分が狭まってきた。医者嫌いのぼくも、さすがに、これは行った方がいいかなと思ったものの、あれこれが重なりのついつい。ああいう猫は雑菌が多いらしく、要注意だな。

 犯猫は、しばらく餌をあげずにいた。しかし、今朝犬と散歩に行く時、玄関の向こうで泣いていて、それが謝っているというか、詫びを入れているように聞こえたので、あげた。

 考えることが多かった事件だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公演日記(2)

 あれこれ試して、CDに台詞を入れることに成功。早速くるまの中で聴く。あの台詞の後にはこれ、と、実にいい。別に新しい方法ではないけれど、ぼく達のような兼業劇団にはいいと思う。

 現在稽古場は弥生。弥生文化会館の敷地にある体育館の中の一室を使っている。見学者大歓迎。いつでも、どーぞ。できれば事前に連絡を。

 風の強い日でした。今日、うちの学校は遠足でしたが、その風の中、大縄跳びをしました。中には半袖の若者。どんな状況でも元気なことが若者の証明か。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公演日記(1)

 公演まで2か月を切った。メンバーに家庭事情が生じ、キャスティングの変更があった。その変更に対応できるほどメンバーは充実していない。ところが、もしかすると逸材かもしれないという人物を紹介された。詳しいことは上演当日のお楽しみということにしておきたいが、演劇は未経験なものの、若い、可愛い、立ち姿がいい。

 さて、問題はぼくの台詞覚え。それは他のメンバーも春先の仕事のバタバタで思うようにいかないようだ。そこで、ICレコーダー。以前別役実の講演を録音して、CDにした(これは高校演劇の大会でのことで、事務局を通じて許可を取ってあるので、念のため)。台詞の入ったCDで、車の中でも覚えようという考え。昨日録音した。ただ、あの時も往生したが、はて、作製できるだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一跡二跳

詳しい内容は、ここで:

http://www.isseki.com/Top.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コメントを読んで

 「一跡二跳」解散のコメントに、すぐに劇団のHPを開いた。

 古城氏の解散の言葉。

 よく続いたと思う。

 大分の高校演劇の大会の審査をしてもらった時、大会後、大分のアパートで飲みながら話したことが思い出された。

 多くの劇団が核分裂を起こして変わっていく中「一跡二跳」は古城、奥村らの熊本大学演劇部、アマチュア時代の「ボヘミアン」、そのメンバーが仕事をやめて上京して結成した堅固なつながりがあったからだと思うが、着実な成果を積み重ねた年月だったと思う。ここまでやれば、芝居の方が彼らを離すとも思えない。終わりは、常に新しい始まりでしかない。

 お疲れ様でした。更なる充実と飛躍を!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

竹内銃一郎『あの大鴉、さえも』を読む

 3人の男が大きなガラス板を運ぶ話。もちろん、実際には存在しないガラス板。そのガラス板から簡単に手をはなすわけにはいかない。この設定が素晴らしい。童謡歌手「はるみ」とポルノ女優「ルミ」の話には笑い転げてしまう。これでもかという言葉遊びには圧倒される。こんな面白い作品には滅多に出会えない。グイグイ引っ張られる。名作。傑作。ベスト。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

川村毅『ワニの涙』を読む

 近未来の廃墟のような街の不法ラジオ局のDJ・市の放送はかかってくる電話とのやりとりと音楽。生活も哲学(あれば)も全く違う連中との話は暴力、歪んだ性、絶望、怒り、無気力に満ちている。ラジオだからこそ可能なことだろう。こういう手法もあるのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

訊いて驚く意外な事実

 今回のキャストは6人。その中の4人が、ナント、血液型がO。だから、何ということもないけれど、珍しいケースではないだろうか。

 血液型で性格やらを分別する方法があるが、信じられない。そんなに人間は単純ではないと思うのだ。血に考えさせるな。血に行動させるな。血を支配しなければ。

 もし、反論する人がいれば、是非公演を観たうえで、「これこれこうだから、だから」という形で反論して欲しい。そしたら、そこで考えます。今回はO型公演(大型公演、と、間違わないで!)。キャスト100人くらいの芝居をすれば・・・。不可能ではあるけれど、その時に60人がO型だったら、これも壮絶な面白さだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

前田司郎『偉大なる生活の冒険』を読む

 腹立つような若者の生活が描かれている。が、面白い。ここまでやられると爽快ですらある(ってこともない、か・・・)。以前アメリカに留学している若者を描いた脚本を読んで腹が立ったが、この脚本に漂う空気が最後まで読ませる。才能を感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ケラリーノ・サンドロヴィッチ『わが闇』を読む

 ケラって、ハチャメチャな作品を書くかと思っていたが、深くて味わいのある作品を書くんですねえ。三人の姉妹を軸に芝居は展開する。チェーホフの作品を思い出し、これは読まなくてはいけないと思った。チェーホフは幾つか読んだものの、昔、昔のことで、覚えていない。

 読書シリトリみたいな形でぼくは今まで読んできた部分が多い。ある作品の中に出てきた作家、作品を次に読むという形だけれど、それで結構、広がった。スペインの詩人ロルカが出て、本屋に取り寄せてもらったら、2巻で二万弱だった時は狼狽したけれど。

 初夏のテーマはチェーホフにしよう。昔よりは少しは読めるよぷになっているのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

佐伯春祭りに行く

 佐伯の春祭りは楽しい。数年前、小学生になった子どもが行きたいというので連れて行ってから、その面白さを知った。だから、ぼくにとっては年末年始の行事より、生活には欠かせない。

 ビールを飲みながら、つまみをxセコセコ買って歩く。人間ウオッチングの面白いこと。時々、声がかかり、卒業生だったり、釣りバカのオーディションで会った人だったり、立ち話だから、話が長くなることはないのもいい。子どもももう自分で動くから気楽なもんだ。

 城山の桜も盛り。のんべんだらりの時間を過ごす。こんな過ごし方は滅多にできない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

花冷えとはよくぞ言ったものだ

 しまおうとしたストーブが離しがたい。花冷え。

 もしかすると、桜の花には温度を下げる効果があるのだろうか。あるいは、せっかくの時期を近くでバカ騒ぎする酔っ払いへの殺意だろうか。

 山のあちこちで今自分の在りかを教える桜。やがて、緑に隠れてしまう。

 20年くらい前、ある場所である女性と桜並木を歩いた。桜並木が終わるところで、また明日会えるような感じの挨拶で別れた。もう会うことはないとわかっていたのに。お互いに恋心を届けてはいけないことがわかっていた。夜の桜を見ると思い出す。縮こまった身体の中で、そんな思い出が明滅する。桜が散って、思い出も思い出の淵に沈む。また、来年、か。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »