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公演日記(36)

 別府の後藤先生、ありがとうございます。どんな舞台でも、いつも表に出ない形で支えてくれる人がいて、ありがたく、嬉しく思います。期待に応えられる舞台に仕上げたいと思います。

 今日はメンバーの一人が同窓会で抜けたため、限られた部分を仕上げるように、小さな部分にこだわった稽古。右手か左手か、というような。そういう細部にこだわる限り、芝居は崩れないと思う。もちろん、そういう虫の目と同時に鳥の目も失ってはいないつもりだけれど。少しずつ芝居が立ち上がる面白さは稽古場の醍醐味。あと2週間。幕開きが着実に迫っている。踊れ、心!

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公演日記(35)

 大量の段ボール箱が稽古場に届けられた。大森先生、ありがとうございます。別府の方からも協力しますというメールも来た。以前、大分の「せんせいしよん」で上演した時、アンケートの中に「あんなに段ボール箱置いてる学校ないdすよ」という一言があったが、そんなの関係ねえ、そんなの関係ねえ。説明のためではなく、装置なのだから。(何言ってるんだろうね、・・・)

 どこで立つとかの細かい部分に入っているが、ある程度進むから見えてくるものもある。こういう時期にさしかかると、稽古場の空気はいい。芝居が転がっている感じが満ちている。後2週間。緞帳が上がるまでの勝負。

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公演日記(34)

 段ボール箱を今回は大量に使う。学校が舞台なのでわら半紙の箱が沢山要る。以前は6締め入っていたのが、最近は半分になった。半分になっても学校で使う量には変わりないのだが、箱が小さくなった分、安定がよくない。この前は、積んだだけだったが、倒れた。本番の最中にそれはあんまりだから、簡単な対処方法を模索中。それよりも、箱をもっと集めなければ。何の箱でもかまわない。誰か協力してくれませんか?

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公演日記(33)

 芝居が動いた。今日の稽古で芝居の感触が出て、これなら見せられると思った。だが、一応、これをスタートにして、細部を詰めていかなければ。

 雨。凄い勢い。梅雨に入ったそうだけれど、次の日曜日は、娘の運動会。家でも走ったり、踊りの練習をしていたり、降らないで欲しい。ただ、彼女の熱心に学ばなければ。

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そしてぼくは途方に暮れる

 大沢誉志幸がテレビに出てて、歌ってた。『そしてぼくは途方に暮れる』はある時期よく聴き、よく歌っていた。あれから20年後、ある女性教師がカラオケで歌い出したことがある。清楚で可憐な彼女が、男の歌、それもかなり昔の歌を。そのズレが結構感動的だった。それだけで、ぼくは彼女が好きになった。男物のシャツを着て格好つける、そんな可愛らしさがあった。飲みに行こう、と、誘うのはその歌を聴きたいからだったが・・・そんなことを思い出した。今頃どうしているんだろうか。旗揚げ公演には来てくれたけれど、今回は?

 

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公演日記(32)

 昨年より授業時間が6時間増えた。6時間増えると、その準備やらで同じ時間を要するから、できるだけテキパキとやるようにしてはいるが、中間テストでどうも理解できていない生徒の補習を始めたので、朝から放課後までバタバタ。加えて腰がどうも良くない。休憩室のソファでちょっとの間横になるだけで違うけれど。

 最近は食生活にちょっとだけ注意を払い、弁当をあまり頼まない。弁当には必ず揚げ物が入っている。あれが良くないように思え、そういうもののないものを買い、ヨーグルトや青汁をとるようにしている。酒も減らした。煙草も一日一箱が余るようになった。後は睡眠だ。マクベスは眠りを殺して滅びた。寝よう。

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公演日記(31)

 パンフの作成に取り掛かる。今回の「役者エッセイ」のお題は「学校、先生、職員室・・・」。学校が舞台なので、それにまつわる話題の方がいいと判断。前回はメンバーで分担して、各自のプリンターで印刷して、当日それをまとめて留めた。面倒だが、他にいい方法はあるのだろうか。

 せっかくの舞台。訳のわからないあれこれを書くよりは、芝居の内容に少しでも寄り添う形のものの方がいいと思う。ご来場の皆さんにとっては、読む時間がないかもしれないけれど、家に帰ってゆっくり読んで欲しいと思う。ぼく達にとっても、いつまでも机の片隅に置いておきたい、そういう内容のパンフにしたいと思う。

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公演日記(30)

 朝8時からの4人での稽古。稽古場は体育館のミーティングルームだが、体育館では剣士が多く集まり、掛け声と竹刀のパチパチいう音。体育館の隣の中学校では運動会の歓声が届く。

 高校演劇をやっていた頃、秋祭りの会場を通り過ぎながら、世間と無縁なことをしていることに首を傾げたこともある。

 昨夜の稽古疲れが丸ごと残っている中、起きて、胃袋に詰め込んで稽古場にアクセルを踏み込む。

 ただ、どんな状態であれ、朦朧状態であれ、動いて、喋ることは何か一つでも考え、つかめればいい。やるだけのことはやった、その自覚が本番でいい形で現れることもあるだろう。問題は、あれこれ話し合った結果が次につながるかどうかだ。

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公演日記(29)

 今日は本番のステージで稽古。合同新聞の取材が来てくれた。また、ケーブルテレビが前回同様に撮影計画のために見学。加えて、別府のキノシタ氏がいつの間にか客席に座っていた。ただし、芝居はメタメタ。疲れがたまっているのだろうなァ。稽古終了後、春華ちゃんお手製のケーキで雑談。雑談も、仲間つくりということからすれば、稽古の一つか。明日は8時から昼過ぎまで。

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公演日記(28)

 キノシタ氏の視線の中での稽古。時々チラチラと表情を窺い怖い観客の反応を確かめる。まだまだ課題は多い。

 もう少し稽古日を増やそうとするが、それにはまずは日曜日。しかし、今年は国体の関係で小、中の運動会がこの時期にある。厳しいけれど、そういう逆境は乗り越えられるためにしか存在していない、と、考えるしかない。

 明日は本番のステージでの稽古。課題を明確にして、そのすべてを解決しなければ。後、3週間。

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公演日記(27)

 発泡酒のCMに蜷川幸雄が出て、叫び、怒鳴っている。ホント元気のいいじいちゃんだ。こちとら、仕事と夜の稽古でかなりグロッキー状態だというのに。夕暮れがずいぶん遅くなったので、帰って犬の散歩がてら山に入り芝居の道具を作ろうと思うのだが、気力がない。まッ、いいか。

 東京演劇集団風の田中氏と1時間ほど話す。「可能な限り、公演観に行きます」と言ってくれた。わざわざ東京から来てくれるとなると、フーム、これは萎えている時ではない。「せんせいしよん」の旗揚げパンフに「東京で上演するのではなく、東京の人が観にくるような芝居をつくりたい」と書いたが、義理とはいえ、その第一号になるが・・・。

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公演日記(26)

 前半部分を集中的に稽古。心地よく芝居が転がらないじれったさはあるものの、まあ、確実に良くはなっている。仕事を終えた後、夕食もとらずに稽古場に行く。途中コンビニで買ったおにぎりを胃袋に詰め込んでダマシてはいるものの、やはり疲れのかけらが時々頭をもたげる。

 弥生文化会館は佐伯では芝居の上演には一番いいと思う。難はキャパが600を超えること、そして可動式の客席のため、足音が響くこと。その辺を考えると鶴見の町民会館がいいのだけれど、遠い。駐車場の問題もある。アスト国東が、県内ではベストだろうか。エイトピア大野、安心院文化会館も好きだけれど。

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公演日記(25)

 職場にポスターを貼った効果が出た。職場の上司が2枚欲しい、と。ただし、給料が出てから、だと。

 映画『マルサの女』で山崎努演じる脱税男が「あんたらはコップの水がいっぱいになる前に飲むが、わしらはいっぱいになってこぼれた水を飲む」みたいなことを言っていたが、それと同じことが役つくりにも言えるかもしれない。とにかく精一杯取り組む。食事、風呂、トイレ、眠っている時も考え、考え、考える。そうするとある瞬間何かが閃く。それを天啓、インスピレーションというのかもしれない。そこまで取り組むことが表現者には求められるのかもしれない。「アマチュア」に分類される多くの人はそこまで取り組まない。ぼく達がそこまで至っているとは思わない。ただ、最後の最後、緞帳が上がるまで、「もっと」を求めることが肝心だろうナ。

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キムタクの『Change』はいいかもしれない

 今日の夕方初回の再放送を見て、今二回目を観た。現実の政治は国民を全く見ていないが、テレビドラマはテレビの前の人間を無視できない。無視できないからこそ、テレビの前で「いいぞ!」「そうだ!」と思うところが結構ある。そりゃあちょっと(どころじゃない、か?)マンガじみてはいるが、現実の政治に比べてどっちが滑稽だ?

 若い人は観た方がいい。このドラマで描かれるのは政治の虚実綯い交ぜの絵空事かもしれない。しかし、若い人にとってはこれから50年以上を生きる日本だ。その日本を考える眼差しは必要だと思う。キムタク演じる主人公と右往左往しながら、その眼差しを持とうじゃないか。

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公演日記(24)

 土曜日の稽古の最初に運動と声出しをし時の反動が今朝来てしまった。足がパンパン。本当に情けない。情けないけれど、本当。

 今日は家庭の事情で早退して、その途中でチケットを3枚売る。もし、その町の文化程度を計るとするなら、もしかするとチケット類がどれだけ流れているかが目安になりはしないだろうか。当たっていなくても外れてはいないと思うが、さてそれを考えると、佐伯のチケットは・・・。実は当日田中好子主演の映画が佐伯文化会館で上映されるようだ。素晴らしい。佐伯では珍しく選択肢のある日。その日に客席に座ってくれる人には格別の感謝を感じる。佐伯がそういう選択肢に満ちる町になれば、嬉しい。そのためには、観に来た人がまた来たくなる芝居にする以外にない。

 佐伯にはその昔「トップクオーク」という質の高い芝居をする集団があった。釣りバカに参加した佐伯の人たちの中には演劇を経験した人、演じることが好きな人、興味を持っている人が多いはずだ。

 いや、そういうことを持ち出さなくても、多くの人の素質の一つに「演じる」ことがあるように思う。演じることは遊びの一種なんだ。人間は遊びたい生命体。観客はその傍観者ではなく、観ることで遊んでいる。舞台と客席で芝居は仕上げられる。観客が遊べるような舞台にしなければ。

 

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中学校の運動会に行く

 席取りは我が家ではしない。どうせ競技や演技によって子どもをよく見れる場所は変わるから、いつも移動するからだが、小学校と違って開会ちょっと前に行ったら、席は空いていた。小学校との温度差を感じた。

 ただ今日は別の目的で移動した。カメラと紙袋。その紙袋には芝居のチラシが入っている。それをそれらしき人(?)に配ろう、と。それで、今日は動く量が多かった。午前と午後、体育館のコンクリートの上でうたた寝をした。

 子どもの中学はぼくの卒業した中学。小学校もそうだったが、校歌は変わっていた。ところが、中学の校歌は変わっていなかった。懐かしかった。

 さて、あと4週間の取り組み。6月14日に向けて心身を整えていかなくては。

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公演日記(23)

 ブロードキャスターで日本女子バレーのデータによる試合運びを放送している。瞬間、瞬間でデータにより戦術を変えるそうで、先週は身体能力と同時に頭脳の瞬発力も必要なようだ。

 芝居も同じ。よく見て、よく聴く。そこから台詞が生まれる。次にこう動く、こう喋るということをなぞり始めると芝居は死んでいく。

 舞台は世界で一番自由な場所だと考えるが、その自由は多くの規制があるからこそではないのか。規制のないところに自由はない。不自由の中の自由をどれだけ楽しめることができるか。役者の意識と熱意ある取り組みが求められる。

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公演日記(22)

 珍しいことではないが、今日は初の脚本を持たずに通したが、ガタガタだった。そのガタガタは神の恩恵として受け止めたい。そのガタガタを直せばいい訳だから。ノーテンキかもしれないが、こう考えないと物事は解決できないのではないか?明日までガタガタのガの半分は解決しておきたい。

 昨日、このブログへのアクセスが200以上あった。『釣りバカ』のことを書いたからという声もあったが、グーグルで『釣りバカ日誌19』で検索してもこのブログは出てこない。本当に悲しいけれど、悲しいけれど本当。ぼくは、芝居のチラシにこのブログの案内を書いていたからではないかと思うのだが、どうなんだろう?

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『釣りバカ日誌19』にチョットだけ参加して(補足)

 釣りバカは映画バカみたいなことを書いたが、その辺について少し。

 昔、『俺達のDJ』という単発ドラマにスタッフとして参加した。矢崎滋、浅野ゆう子が出演し、撮影は大泉の東映のスタジオとロケで制作した。照明は東映の人たち。照明の仕込みに時間がかかっているのでディレクターが「まだ時間かかるのか」と訊くと、「テレビの人間みたいにいい加減な明かりはつくらねえんだ」という声がかえった。また夜のロケでは、照明の人たち(結構高齢だったけれど)、2mほどのコンクリートの塀の上に立って明かりをあてた。テレビが社員なら、映画は職人という感じがした。ぼくがテレビを辞めたのはそういうところがあったからだ、とは断言はできないが、姿勢の甘さには辟易したことが少なくなかった。

 バカ映画はどうしようもないが、映画バカがつくった映画は面白い。船を揺らせ、という監督の指示にそのバカの片鱗みたいなものを感じた。面白くなるかもしれない。上映が待ち遠しい。

 さて、佐伯市役所の「釣りバカ支援室」で今後の情報を;

 http://www.city.saiki.oita.jp/turibaka/turibaka(bosyuu).html

 さて、今回の『雨の街、夜の部屋』も結構面白いはずだ。おそらく、今まで経験したことがない質の面白さだと確信している。ご来場、喉から手を出して、待ってます。

 6月14日(土) 6時半開場、7時開演 弥生文化会館です!

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『釣りバカ日誌19』にチョットだけ参加して(4)

 クレーンに4キロのライト2基が取り付けられた。それが上げられる前、2mほど離れた所に立って、暖を取った。まず、山本太郎さんが運転する車で常盤貴子さんが到着するシーン。2階の窓から撮ったが、海のそばで漁船が数隻。監督が「船、揺らしてくれる」と指示。何人かが乗り込んで動き回って揺らす。こういうこだわりは好きだな。芝居でも細部のこだわりが芝居を堅固にしていき、細部のこだわりをおろそかにすると、芝居はそこから壊れていく。劇場では船の揺れに注目を!

 さて、大体そんなところ。

 最後に、長い時間待ちの時にぼくは家に電話をかけ、防寒着を持ってきてくれと頼んだ。浜ちゃんを見送るシーンの時にぼくに手を振る子どもたちがいた。ちょっとだけでもこういうのを見ておいてもいいかなと思ったのだが、俳優諸氏をナマで見ることができ満足だったようでした。

 さて、公演まで一か月。再び芝居に!

 

 

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『釣りバカ日誌19』にチョットだけ参加して(3)

 撮影に使った民家とその周辺にはスタッフ、キャスト、それに市役所の「釣りバカ支援室」や炊き出しの主婦のみなさんで100名を超える人がいた。地域を巻き込んでの制作は一つの戦略かもしれないが、映画は金がかかる。

 酒の席だから基本的には何を話していてもいい訳だが、助監督から「適当に話していて下さい」の指示は素人にはちょっと曖昧ではなかったかと思う。ぼくは右隣の人と「話せったってねえ・・・」みたいなことで誤魔化していた。

 待つことが多かったが、その場を離れることができずに待つ間に疲れと倦怠の入り混じった思いに沈んでいきそうになった。西田さんは、佐伯音頭や鳥羽一郎のCDをかけて、その辺を助けてくれた。あれがぼくら素人への思いやりだったのか、それとも彼自身の退屈しのぎだったのかはわからないが、どうも前者のような気がしてならない。役者の皆さんはその辺を上手に処理しているのだろうナ。

 常盤貴子さんは、意外に小柄だったが、美しい人だった。サインや写真を職場の同僚から頼まれていたが、ぼくの脳裏はしっかりと刻んだ。それでいい。それだけがいい。

 休憩時には次回公演のチラシを配って回った。取材に来てた小笠原アナウンサーにも渡して、よろしくお願いした。

 宴会のシーンは4時過ぎに終わった。しかし、浜ちゃんを見送るシーンがあるとかで、数人が残され、その中に入ってしまった。宴会の終わりだから、それに見送るのは外。暗くなるまで待って。3時間近い待ち。脚本は忘れたし、本は車にあるものの老眼鏡を忘れていた。こういう時に限って夕日は踏ん張る。そして外は冷えてきた。

 

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『釣りバカ日誌19』にチョットだけ参加して(2)

 8時半に地元キャストが集合して「釣りバカ支援室」の人の説明を受ける。それから控え場所に移動。優しい笑顔の婦人の家。その家に2室を借りているということだったが、ぼくが入った部屋は自然に男だけになっていた。そこで助監督から、衣装の点検を受けた。誰も問題はなかった。

 10時前に撮影場所に移動。宴会のシーンで、これまた民家を使い、二間をぶち抜いて、テーブルには酒や御馳走が並んでいる。座る位置を指示される。ぼくはその家の家主(竹内力さん)の隣。家主は子どもをそばに置いており、その子どもの隣が浜ちゃん。その家には窓に暗幕を張りめぐしており、日中に夜のシーンを撮影しようという考えのようだ。

 「盛り上がっているシーンなので、目の前のものをある程度残して食べて下さい」という指示が出る。「ある程度」が「どの程度」なのかわからないが、少しだけ食べた。美味しさなんて感じることはない。かなり不味ければウエッとなるかもしれないが。

 西田さんと竹内さんが座る。西田さんは気負いを与えずに空気を作る。竹内さんは、オールバックの凄みのある映像とは違い、好漢の風情。彼、休憩中にミカンやお菓子を子どもを中心に配っていたもんな。

 武内さんの妹役の常盤貴子さんが入ってくるまでのシーンを午前中に撮った。常盤さんはいないままだ。映画って面倒なことが沢山ある。テレビなら、スタジオにセット組んで数台のカメラ(助監督は「写真機」って言ってたナ)で撮るからもう少し早いかもしれない。テレビと違い、映画は現地主義が強いのかもしれない。

 そうこうしているうち、左隣に俳優が来た。安藤優也(この漢字で間違いないか?)。彼が高校生の頃、授業をしている中にいた。佐伯の春祭のステージで見たことがあるが、まさか、こういう形での再会、とは。彼も意外だったようだ。そうかも。

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『釣りバカ日誌19』にチョット参加して(1)

 『釣りバカ日誌19』の撮影に地元キャストとして参加した。地元キャスト。エキストラとどう違うのか。サルに3本毛を足したら人間になるみたいなことを言われたことがあるが、それに倣えば、エキストラにかすかな産毛の気配があるのが地元キャストかもしれない。他人が見てもわからないし、本人にも自覚はない。

 仕上がった作品の中では1、2分程度のシーンかもしれないが、そのシーンを何カットにも割って撮るから、時間がかかる。8時半に集合して、10時から撮影に入り、撮影地を離れたのが9時頃。『釣りバカ日誌』は、映画バカ日誌」でもあるように思った。その辺のことをこれから数回に分けて「感想文」を書いてみようと思う。

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公演日記(21)

 別府男、あるいはペッパー、つまり、キノシタ。彼が仲間内の掲示板に脚本を30回ほど読んだ云々と書きこんで、フーム、と感心したというか、キャストより読んでいるかもしれないというか、そういうこだわりがある人がいることに驚きと喜びを感じた。

 今回の上演脚本は今でも時々あちこちの高校から上演許可の依頼文書が届く。好きに変えていいですと返事するけれど、ご丁寧にカットする部分や書き直した部分が届く。上演事情だけでそうしていることがよく分かる。それを見ると、キノシタの「爪の垢」を送ってあげたらいいナと思う。

 そういう彼の意見はぼく達が見落としていたものを教えてくれることが多い。それがキノシタなのだな、なのだ。

 ぼくはすべては小さいところから崩れていくと考えている。夢を描いても、日々のコツコツをおろそかにする者はその「コツ」ができないから、夢も、時には生活もダメにしてしまう。踏ん張らないと。人生には踏ん張る時期が何回かある。

 さて、明日は「釣りバカ」のロケ。休むために四苦八苦してやりくりした。詳しいことは帰り次第。

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公演日記(20)

 今回の芝居は一度舞台に出ると4人は出ずっぱり。だから、一人だけ事情で稽古に参加できないとすごくやりづらい。それでも、ある部分の練習はできる。

 それにしても、「兼業劇団」にとって月曜日はつらいものがある。休み明けにの職場には結構あれこれがあり、バタバタの後だから。高校演劇が結構恵まれていたと思うことが多い。ただ、強制されてやっているのではないから、くじけないぞ!

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公演日記(19)

 チケットの営業で幾つかの場所を回る。今回はチラシを用意している。中にはどんな芝居なのかを知りたい人がいるというので、チョットだけ内容を書いてある。

 ぼくは芝居にはストーリーが要らないと考えているので、そういうリクエストには引いてしまうのだが、発展途上の糸口にあるぼくらには応じる方がいいと考えた。

 快く買ってくれる人がいると元気が出る。おまけにコーヒーまで出されたら、もっと芝居をよくしないと、と、思う。そういうことがなくても、当り前なんだけれど、そういうことがあれば尚更。今度の芝居では幕開きにぼくがまず舞台に出る。薄暗がりの向こうに幾つの顔を確認できるか。ぼくにとってその日の芝居の目安になる。

 芝居は観客席の人たちによって支えられる部分は大きい。

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公演日記(18)

 今日はポスター貼りの活動から始まった。ある系統のコンビニは貼る場所が限られていて、そういう場所はポスターを貼るには狭い。窓ガラスの部分は、そういえばすっきりして、見通しがいい。最近のコンビニ強盗のせいなんだろうな。こういう形での余波があるのか。

 で、夜の活動だけれど、様々な事情で男3人だけ。ある部分を集中的に。解決できなかったが、困難が人を磨くのだ。

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公演日記(17)

 半分ほどは脚本なしでできる状態。そうなると、もちろん早く台詞を入れろ!ということがあるけれど、立ち位置の加減で台詞が言えないとか出てくる。こういうところを考えるのが面白い。もしかすると、芝居に限らず、成功に近づくためにはどれだけの疑問を解決してきたかではないかと思う。

 100人の中から一時間で一人を選ぶ。そういう時にどうするか。ぼくは紙を配って、「今持っている疑問を書きなさい」にする。疑問を持たなければ。老いも若きも。「人間は考える葦である」と遠い昔の人が言った。何故だ!という疑問、問いかけは貴重だ。その答えが次のステップになる。

 明日は佐伯の幾つかの場所にポスターお願い行脚。

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公演日記(16)

 稽古の中で削除した台詞を整理して、最新版の脚本にした。昔はあるシーンを丸ごと削除というのも珍しくはなかったが、最近は極めて少ない。今回の脚本は手直しを3回したものだから、少ないのは当たり前か。

 明日はポスターが仕上がる。ウチの代表がデザインしたポスターは結構いい。昔ならこんなことできなかったし、するとなると相当お金がかかっていただろうが、今はデータをCDで渡せばいい。また印刷は佐伯では名工で表彰されたこともある人。渡したデータは多色刷りになるところを、二色刷りにしてくれた。変更が認められずに、料金は3分の1以上安くなる。ゲラを見て、魔法使いのように思えた。土曜日には佐伯のあちこちに貼られるはずだ。

 来週は『釣りバカ日誌』のロケで水曜日の稽古が別の日に変更になった。13日の夕方に詳しい日程が知らされるというので、それでは休みを取るのに授業変更ができないので電話したところ、前日までの釣りシーンの撮影等の天候次第なので、どうにもしようがないという。撮影シーンにはお馴染みの顔やヒロインも揃うらしい。とりあえず、幾つか変更して、天候に対応できるようにはした。

 明日に備えて、台詞を覚えなければ。書いたんだから大丈夫じゃないのか、と、よく言われるが、そうではない。かいて覚えるのは恥だけだ。

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公演日記(15)

 昨夜布団の中で台詞をたどりながら眠りに落ちた、つもりだった。しかし、ある部分で詰まってしまい、何度も考え、台詞を呼び込もうとしたけれど、できない。眠れない。そのうち、ぼくは高校生になっていて、高校生で台詞を覚えようとしてたが、それでもある部分で詰まって、同じことを繰り返した。そんな夢だった。

 今日の稽古は代表が急用で帰り、その代表の代役を花の女子高校生がした。何という落差。それでも、幾つかの問題は解決しつつある。もう公演まで40日を切った。ゆっくりもできないが、慌ててもいけない。着実に。着実に。

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公演日記(14)

 黄金週間も終わった。子どもの日があるために、この休暇は子どものために使われることが多い。我が家では毎年子どもたちの友達が集い、キャンプの真似ごとをする。火を燃やす薪を集め、燃やしている間は火の番をし、ひたすら芝居の中で使うダジャレを考える。しかし、ダメだな。ああいうのは考えて作るものではなく、何かの拍子に生まれるもんなんだな。はて、どういうダジャレが生まれるか。おそらく芝居の中で一番おかしいシーンとなるであろうところで使われます。

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公演日記(13)

 昨日別府から来た人にいただいた「サンボマスター」を聴いた。面白い。音楽に面白いというのもどうかな、と、思うけれど、破綻を恐れずに情熱のほとばしるままを聴きながら、それは今のぼくへのNOに思えた。

 こうしなければ。それは内的必然であって、他人が、様式が決めることではない。もっと自由でいいのに、何故こんなに硬直しているんだ。

 もう少しいい加減でもいいか。

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公演日記(12)

 今日は別府から稽古場にに来てくれた人がいた。差し入れと意見もいただき、その両方が稽古場をいい雰囲気にしてくれた。ありがたいことだ。差し入れはいいので、どうぞ遠慮なく稽古場に来て下さい。

 ある部分ができてくると、別の部分が問題になってくる。おそらくこれで完璧というところにはいくことができないだろう。とにかく合格点を上げることしかない。そして、誰かの目があると、空気がしまり、その人の意見は新鮮で、気付かせてくれること、教えてくれることが多い。台詞をそろそろ入れてしまわないと。記憶力の低下は体力の低下ほどではないが、ムム。

 

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公演日記(11)

 今日の稽古は弾んだな。公演日が近づいてくると、意識が変わるからかもしれない。差し入れに来てくれた人が、「制作現場って面白いですね」という言葉を残して帰った。励みになる。

 弾んだのは、様々な問題が少しずつ解決されているからだ。アイデアを出し合い、それをやってみると、それが次のアイデアを生む。これが稽古場なんだ。明日の稽古は6時から。ゴールデン稽古だ。

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公演日記(10)

 稽古日を一日増やす。仕事や学業がありながら芝居を続けることの困難は思うように稽古ができないことにある。しかし、それは最初から承知のコンコンチキ。直前には勢いづけのためにもう少し増やすけれど、それまでは週3回が限界かもしれない。芝居が生活ではなく、生活の余分を集めて芝居する、それでいい。

 ガソリンが値上がりして政治の無責任、無能力、不毛が露呈されている。最近は若い人の海外旅行が減少しているらしい。金がないし、安全の問題もあるのだろうか。学生の一年間の生活費も70万ちょっとになっているとか。2050年には日本中が光化学スモッグで覆われるらしい。時代は、消費する生活の転換を迫られている。

 会場費、印刷代の値上がりはあるものの、芝居は様々なレクレーションの要素を含んでいる。コミュニケーション。考える、覚える作業。体を動かすこと。バカ話に弾み、笑う。もちろん、運営費は分担するからタダではないけれど、いいぞ、芝居は。皆さん、思い切ってやりましょうよ!

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