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鈴江俊郎『顔を見ないと忘れる』を読む

 刑務所に入った夫に面会に来るという設定が面白い。限られた時間、話すこと、することもままならない状況。男と女の二人芝居。日常でも演技することは少なくなく、時々本音が出るくらいだが、ここでは本音が日常よりは少し多い。もしかすると、本音で語りあえる状況ってのはないのかもしれない。

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風呂に行く

 最近夜早く寝て、翌朝早起きの生活をしているが、朝シャワーで体を洗えばいいってもんじゃないナ。

 弥生の湯に久しぶりに行った。露天風呂が、原油高騰で、水だった。水だけれど、入っている人も少なくなく、ぼくもサウナの後何度か入った。

 石油で大もうけしている人がいる。マネーゲーム。金は金を持っている人にしか行かない。金が人間を苦しめる。そこに無頓着な連中がいるんだよな。そういう連中の流れで苦しむのはやめましょう。こうなったんだ。その都度愉しめばいい。

 津久見に入っての下り坂で警察がスピード違反の検問をしている。ガソリン代がこうなっているんだ。何を杓子定規に。警察のドライバーの状況を考えたきちんとした対応を求める。

 露天風呂が水という経験はあまりできない。あまりできないからその冷たさを愉しめばいい。ぼくは愉しめた。

 人間は人間を幸せにしないと。自民党の政治家にその志がカケラでもありますか?

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井上ひさし『ロマンス』を読む

 栗山民也が『演出の仕事』を昨年出版して、その巻末に『ロマンス』の演出日記があった。それを読んで、毎月近くの本屋に一回足を運び『すばる』に掲載されていないか確かめていたが、見つからず、断念した。単行本になるまで待つしかないか。

 八木の『チェーホフ家の人々』は年譜に沿った形で書かれていたが、井上は劇作家チェーホフの新しい姿を示してくれたように思う。チェーホフを4人の男優が演じ、それに妻オリガを演じる大竹しのぶ、妹マリアの松たか子が加わる。舞台カラー写真が多く収録されていて、舞台の感じを確かめながら読むことができる。井上のチェーホフへの愛情とも呼べるようなものがヒシヒシと伝わる。チェーホフを知ると同時に、井上を知ることができたように思う。

 チェーホフの作品は悲劇か、悲喜劇か、喜劇か。八木と井上の作品は、チェーホフを読んでから再読してみよう。

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自動車道開通

 せっかくだから走ってみよう。ついでに紀伊国屋書店まで。早い。家から書店まで一時間かからない。これならガラスの腰でも行ける。

 ひさしのチェーホフを扱った『ロマンス』。スタニスラフスキーの『芸術におけるわが生涯』でチェーホフが出てくる中巻等数冊を買って出ようとして、雑誌のコーナーに行ったら、『すばる』に『かもめ』の新訳が掲載されていたので、急いでカウンターに。いや「初物」のおかげで幸運だった。やはり、実際に足を運んで探す作業をしないといけないし、チェーホフを読めっていう流れに乗ってしまったようだ。ビールでも飲むか。

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八木柊一郎『チェーホフ家の人々』を読む

 チェーホフの少年時代から死の床までを描いている。最後までグイグイ読んだのは、作品よりも、チェーホフへの興味からだろう。いずれすべての作品を読むつもりでいるが、その思いはさらに強くなった。

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鐘下辰男『青春の門 放浪篇』を読む

 五木寛之の作品は一時期読んだ。しかし、彼の代表作『青春の門』は読んでいない。その五木の小説を脚色したということになっているが、原作を知らないもどかしさがある。もしかすると、今読むと新鮮かもしれないな。図書館でさがしてみよう。

 大学で演劇サークルに入った主人公の体験。ただ、この体験がすさまじい。新しい民衆演劇の創造を目指して地方に行き、住み込みで過酷な生活に屈することなく、暴力的な雇用者との闘いもあり、と、「大学のサークル活動」で想像できるようなものとは異なる。それは同時に、演劇が時代の中でどういう意味があるのか、芝居をするということはどういうことなのか、芝居をすることで、芝居を観ることで何を求めているのか、そういうことを突き付けられたような気がする。

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ルイージ・ピランデッロ『シチリアのライム』を読む

 売れっ子歌姫の家をそぐわない恰好の男が訪ねる。彼女を見出し、売れるまで援助した男なのだが、今では天と地ほどの距離ができてしまった。召使と女中相手の話ではどうも胡散臭さい。やがて歌姫の母親が出て、そして歌姫が出て、彼は帰る。その時土産に置いたライムが香り立った。

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佐伯で笑う! 次回公演

 今日は定例稽古日。あれこれ、話し、『フランクフルト・・・』で面白い部分を読んだが、ひょんなことから、話が広がり、それを次回作ということで盛り上がった。

 土田英生の脚本を読んだ影響があったのかもしれない。次のテーマは笑い。最近報道される事件の悲惨と値上がりラッシュの生活。今こそ笑いが必要な時かもしれない。好きな作家の開高健が好んで色紙に書いたという「笑って暮せ!」も頭をかすめる。生活から笑いが失われつつある。テレビでヘキサゴンに笑うのではなく、一つの場所で笑いを共有したい。

 ただ、問題は、笑われることはあっても、笑わせることとは縁遠いぼくがそんなことできるのかという問題がある。だからこそ面白い。吉本を超え、M1グランプリを超える、そういう笑いの舞台を仲間と練ってみようと思う。笑いで涙を絞りたい。

 笑いで時代に向き合いたい。

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土田英生『なるべく派手な服を着る』を読む

 日常生活で仮定法表現は使わないようにしているが、観たい舞台をみせてあげると言われたら、劇団MONOを挙げるだろうし、一夜の酒の相手を誰でも世話すると言われたら土田英生を挙げるかもしれない。あッ、やはり、伊東美咲だな。でも、瞬間でもあれ、伊東美咲を抑えた土田英生、で、ある。

 残念ながら、演劇雑誌に掲載された土田作品を読んだことしかない。今度はどんな仕掛けをしてくるかがいつも楽しみだが、バカバカしさもたまらない。

 今回の作品は舞台装置が何や何やら、想像するのを放棄した。装置と同じくらいややこしい人間関係が楽しめる。この面白さを説明できる言葉は、一つ;読め!

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畑澤聖悟『親の顔が見たい』を読む

 私立中学の5人の生徒の保護者が学校に来る。一人の女生徒が自殺し、それがいじめが原因ではないかという疑いがあり、いじめた生徒達の保護者。中にはモンスターがいる。

 保護者の中に教師夫妻がいるのが気になって仕方なかった。教師の理屈や知識は要らないのではないか。保護者をあぶり出すことに専念した方が事の重大さとの「開き」「落差」「温度差」が出たのではないか。学校側も校長、学年主任、クラス担任の3人も要らない。ぼくなら学年主任一人にする。ちょっとした台詞で他の二人は処理できる。むしろその方が学校の体質が出せるのではないか。

 一番気になり、答えが出せないことは、ぼくなら生徒の自殺を扱えるだろうかということ。教育現場にいる者としては、かなり切なくて、シンドくて背負いきれそうにない。背負う強さを持たないといけないのだろうか。ウ~ン。

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マティ・ヴィスニュック『フランクフルト…』を読む

 土日でどうにか体調が戻った。昨夜は8時前に寝て、何度も目覚めながら、3時前まで何度も眠った。そして脚本を読み、犬と散歩して、シャワーを浴びた。爽快。やはり眠りがいいのだろう。久しぶりの晴れの気配の中、軒先の色とりどりのアジサイも目の歓びだった。

 久しぶりの脚本。正式タイトルは『フランクフルトに恋人がいるサックス奏者が語るパンダの物語』。長い。どうしても読みたかった脚本で、上演する東京演劇集団風の方にお願いして送ってもらった。それもモルドバから。

 再読したい、再読して理解をしたい作品。秀逸な場面がある。それは女が男にこう言って欲しいと求めるシーン。ただし、男は「a」の音しか発することができない。「私のことを愛してるって言うように「a」と言って」「私のことを二度と忘れないって言うように「a」と言って」というような形で数ページにわたって続く。10年くらい前、兄と妹の芝居を書こうとしたことがある。その時の設定が妹は一つの言葉しか発せないというもの。日本語にも外国語にもない言葉つくるため、音を組み合わせるのにえらく時間がかかった。どうにかできたら、大分市の街角を歩いている時、同じ音の看板を見つけ、ショックを受け、そこで断念した。兄に凝った料理を作らせようと料理の本を買い込んだり、食材の勉強もそこでやめたのだった。たぶん、あるフランスの俳優が「ウイ」を70通り言えるとかいう文に触れて、挑戦したくなったのだった。

 この『フランクフルト・・・』のシーンに入った時、あの記憶がよみがえった。とっくに忘れていたのに・・・。こえは面白い。練習に使いたいと思う。

 

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無責任な工事

 津久見に向かうある場所で工事中のまま放置された場所がある。もう数か月何もなされていない。工事中の信号だけが置かれている。もしかして、自動車道を使わせるための魂胆か? あの行政の鈍感さに、怒りましょうよ!

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白い時間

 ようやっと金曜日が来る。仕事が結構大変で、疲れを上手に処理することができないまま、ウダウダの一週間になってしまった。教壇をぼくはステージと呼んでいて、そこではもちろん教師を演じるわけだけれど、だから教え子が「いつもの先生じゃん」とか「懐かしかった」なんぞアンケートに書くのだろうな。しかし、10代の小僧や小娘の前で疲れた顔なんかしてたまるかって、やってしまうから、また疲れがたまるんだろうナ。

 白い時間の中であれこれぼんやりと考える。

 芝居の疲れは芝居で取るしかあるまい。土曜から、脚本マラソンをスタートしよう。次の舞台に駆り立てる脚本に出会えれば、大丈夫。

 たかおさん、いよさん、温かいコメントありがとうございます。次はもっと面白い舞台をつくれると思います。ただ、たかお(「さん」を付けるのはどうも気色悪い)、羽田から浜松町までのモノレールで萎えてしまうぼくは、古城の芝居でも奮い立たない。ただ、たかおがいつ行くのかを知らせてくれれば、都合と気力を整えてみようとは思う。メールで。

 公演に日田から高校生が来てくれました。昨年大分の代表になり、九州大会で最優秀をとり、九州の代表として8月の全国大会に出場します。公演前にちょっとだけ話しました。礼儀正しく、こちらを見てきちんと話す。気持のいい連中でした。日田からおよそ100キロくらいでしょうか。公演が終わって、各自が家に帰り着いたのは、12時前後になったのではないでしょうか。運転は生徒のお母さんでした。素晴らしい。子どもの活動を親が支えているのです。子どもが頑張れることがわかります。日田三隈の皆さん、全国での充実と納得を! 佐伯の仲間達、応援しています。結果なんて、ロビーで話したようなもんです。全国大会の脚本はいよさんの作品です。糸が繋がっていきます。

 白い時間の中で様々な糸を感じ、考えています。糸は想像以上に広がっているように思います。劇場には生身を運ばないと存在しない。空想の劇場はなんて存在しない。存在させようとするところから形を取り始める。

 糸を綱にしていこう。まだボケてるナ。

 

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公演後初会合

 今後のことを話し合う。今回の公演の反省をもとにしばらく稽古を重ねながら、次回の脚本の選定に入る。同時にぼくは脚本を書く。今までの2回とはかり違った脚本になると思う。

 公演パンフに書いた通り、ぼく達はどこかの舞台のコピーをするつもりはない。たとえば、『熱海殺人事件』はメンバーでも上演したいという希望は熱い。ぼくも好きな作品ではある。でも、その作品に独自なものを吹き込めない限りは上演は避けたい。あくまで、佐伯でしか観れない舞台。このこだわりを軸に活動を展開していきたい。その線で行くと、文芸部のは毎回オリジナルを提出するしかない。ただ、メンバーへの刺激剤として、多くの脚本を読んでもらうつもりではある。しばらくは、一週間に一回の活動になるが、日常生活にもう少し芝居をふりかけてくれたらと思う。

 これからも、よろしくお願いします!

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次回公演への教訓(5)

 たかお氏のコメントはその通り。

 そのために一番いいのは、舞台を観ることかもしれない。舞鶴で演劇同好会を立ち上げた時、ぼくは生徒と全国大会を観に行った。山梨県甲府市。ラッキーなことにいい舞台が多かった。ぼくは生徒にこれが君たちの目指すレベルだ、と、言った。同じ高校生なんだから、やれないことはない。そんな風に。できるならば、二泊で東京にでも行き、数本の舞台を観ることができればと思う。WOWOWでも舞台は観ることができる。しかし、どうせなら、テレビカメラに収まらない部分も実は必要なんだな。

 それを実行する幾つかの問題もある。ただ、せめて日常の中での個人的な取り組みを充実させることはできる。そういうところから考えて、実行に移すことが肝心か。

教訓5 自分の舞台をより充実させるための取り組みを日常化させよ!

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次回公演への教訓(4)

 蜷川幸雄が発泡酒のCMで稽古場で怒鳴る場面が出てくる。相変わらず元気だナと思いながら、求めるレベルが高いからこそ、そうなるのだろうと思う。

 ぼくは首をかしげながらも、解決できないところもあった。ぼくの役作りがあって、それで右往左往したのだった。専念できるようにしなければ。そして、やはりレベルを高くしないと。レベルが低い内容で佐伯から発信しても、それは会場の外に出る前にポトンと落ちてしまう。

教訓4 理想は高く、そのための稽古場にしよう!

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次回公演への教訓(3)

 今回はほぼ毎回稽古に参加できる全員がキャストをつとめた。そのため、再びぼくが演出をした。時々、役者から離れて、つまり、座っているところから離れて、全員が見れる場所に回った。しかし、それではダメなのだ。そのことは前回で痛感してたことだけれど、ともかく、多くの仲間が舞台を経験することが必要だと考えたので、仕方なかった。ただ、ぼく自身が、仕事が終わってからのヘトヘト状態ではその切り替えができなかった。野田秀樹はやはりすごい。

 次回作はこれから決めるけれど、ぼくが役者をしないか、役者をする場合は誰かを雇ってでもするしかないと考えている。佐伯市内にも「この人なら」と思える人は数人いるものの、仕事の関係やら、すでに完璧に引退していたりで、難しい。大分から招くとなると、ガソリン代高騰の折、十分なお礼もできないから、よほど好きでないとできない。以前、今回の作品を大分市の劇団が上演した時、ぼくは大分に通った。勤務が終わると、学校を出て、途中コンビニにおにぎりを買ってそれを食べながら運転して・・・。そして10時までやって、家に帰るのは11時を過ぎる。公演前は大分に通うのが多くなる。それを知っているから、それを誰かに求めることはできない。希望者がいれば、断る理由もないのだけれど。

 高校演劇では「全員で演出」というのが時々あるけれど、演出は一人でないと意味がない。全員で演出では演出はないも同然だと思う。いずれにしろ、難しい問題だ。

教訓3 演出を残してキャスティングすべし!

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次回公演への教訓(2)

 今回使用した会場は、可動式の客席。高校生の大会で使用したこともある。その時の審査員に東京からは古城氏を招いた。おそらく、使い勝手、交通のことも考えると佐伯では芝居には一番いいように思う。あそこを根拠地にしたいと考えているが、消去法での結果。

 舞台前面の可動式の客席の中央部分を出し、その左右は出さなかった。中央部分も出さずに、とは思ったけれど、ガランとしか空間が気になったので、中央だけ出した。理想は、そのガランを舞台にすることなんだけれど、そうすると照明の問題が出てくる。ただ、そういうわがままを押し通すことも必要かもしれないとは思う。いずれは野外での上演もしたいと考えている。その辺のノウハウをぼく達自身が身につけるためにも、舞台つくりにもっとこだわるべきだろうと思う。

教訓2 上演場所にもっとこだわるべし!

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次回公演への教訓(1)

 昨日は佐伯では田中好子主演映画の上映会、本匠では蛍関係の行事等が行われた。そういう中、うちの上演に来ていただいた方には嬉しさと感謝で一杯です。また、東京、熊本の県外、安心院、別府、大分、臼杵、津久見等の市外からも多くの人に来ていただきました。また、終演後のバラシにも多くの人が手伝ってくれ、またまた前回の5倍近くのアンケートが返ってきて、酒や花もいただき、どういう言葉で感謝すればいいのか、ありきたりですが、本当にありがとうございました。

 これから数回にわたり、サル以上の反省、それに似たようなものを書きたいと思います。

 まず、前説。

 1回目は代表の鶴原が行いましたが、今回は役者と受付で目一杯。それで何人かに打診して、断られ、最後の手段で、今回音響を担当した人に頼みました。彼とはあれやこれやで芝居や酒を共にした間柄です。最後の通し(ゲネと呼ぶ人が多い)が終わった後、彼に依頼して、快諾をもらい、タバコを吸いながら、話しました。それを彼なりに書いてまとめ、上演10分前に彼はしてくれました。評判はよかったですね。「読むのではなく、覚えろ」という意見もありましたが、そういう事情でちょっと難しかったのです。彼のせいではないのです。

教訓1 次回は、読まずに、もっと面白い前説にします!

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いざ、劇場へ!

 犬とと遊び、ちょっと今日のことを話した。毎朝訪ねてくる猫にごはんをあげた。メダカにも忘れずに。そして家族を起こさないように、朝食をとり、風呂にも入った。そろそろ劇場に向かうか。いざ!

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公演日記(45)

 書道の先生のところに「作品」を受け取りに行く。6枚の力作。はて、どれにするか、迷いに迷いながら、決めた。一応、稽古場で意見はきくつもりだけれど、反応を楽しみたい気持の方が強い。

 さて、これで公演日記を終わりにしようと思う。もちろん、緞帳が上がるまでには後数日とはいえ、これからのあれこれも多いとは思う。ただ、それはバタバタ日記になってしまう。とにかく一つ一つ丁寧に処理すればいい。

 劇場でお待ち申し上げております。

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公演日記(44)

 午前中段ボールの処理をする。

 夜、書道の先生を訪ね、芝居に欠かせない文字を書いてもらう依頼。ついでに、ぼく達のグループ名も書いてもらうことに。次回の公演からはその文字を使うことになるだろう。

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公演日記(43)

 何故こんなことをしているのか。仕事が終わって、疲れた身体を稽古場に運ぶ時、そんな思いが頭をかすめることがある。部活に一生懸命になって学業をおろそかにする高校生は珍しくないが、芝居中心の生活になっている時も少なくなく、そういう時、何故こんなことをしているのか、と、考えることがある。こんなことして何になるのか。底なしの井戸に小石を投じるような行為ではないのか。

 こういうことを考える時は疲れているからだろう。こういうことは誰にでもあることだと思う。時には仕事や家庭にも意味を見失うことはあるように思う。ないほうが、むしろおかしいと思う。

 人生は、同じような間違いや苦しみや悩みを何度も経験しながら、実は少しずつ変わっているのではあるまいか。その少しずつの変化を成長だと考えたい。

 何故こんなことをしているのか。面白いから。楽しいから。時にはやめたい時もある。でも、身体に芝居が蓄積して、気がついたらまた始めている。芝居をやって何にもならないかもしれない。無駄なものかもしれない。しかし、人間社会は無駄なものをどれだけ抱え切れるかが豊かさの基準ではあるまいか。東京から無駄なものを取ったら、コンクリートの牢獄でしかない。

 来週の今頃はどんな思いでビールを飲んでいるのだろうか。後一週間。ゴールまで後195メートル。全力疾走だ!

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公演日記(42)

 前回の公演で演出と役者を兼ねる辛さを痛感した。観客の位置から見れないし、どちらもおろそかになるからだ。久々の役者は面白くて面白くて、できれば今後は役者に専念したいと思った。

 しかし、今回の出演者は6人。演出をやるしかない。時には台詞を言いながら、演技者の場所から離れて、客席で見たこともある。しかし、動きの場面では演技者の場所に戻った。演出は常に客席から見るべきだと思う。それが一番いい。次の公演では何が何でも、それは避けたい。ぼくが役者をやめるか。演出を誰かに頼むか。でも、誰に? 簡単に解決できそうにない。

 さて、今日は通して、問題を示して、明日で解決しましょう、で、終わり。少し早く稽古場を出た。疲れが誰にも出ている。体調に注意しましょうが別れの挨拶になっている。

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公演日記(41)

 木曜日に稽古を入れた。しかし、この日は仕事の関係で役者二人が参加できない。二人抜けると、まず芝居はできない。それは承知のことなので、道具作りとモロモロの確認をした。

 ぼくは貧乏性というか、面倒くさがりというか、いやそうではないと開き直っているだけだというか、装置に金と労力をかけないような脚本を書いてきた。今回の『雨の街、夜の部屋』は装置に面倒がかかる唯一のもの。ただ、面倒も結構面白く、ここに書いたらすぐに協力して下さる方々が出て、嬉しさまで味わうことができる。

 後、一週間、と、なった。

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公演日記(40)

 弱い雨の中稽古に向かう。稽古自体に影響はないものの、どうも気分がひとつのらない。

 道具が少しずつ増え、それを試したりして、あれこれ意見を交わして、通し稽古。風邪、疲労等で咳や欠伸が出る。ぼくも何度も噛み殺した欠伸。噛み殺し損なった欠伸がたぶんバカ面をつくる。それが奇妙な間を生み、台詞を殺す。2回止めた。最後に課題を示し、帰途へ。

 外に出ると雨は強くなっていた。体調の管理を!と声をかける。一番気をつけないといけないのは、オレ、だろうな。雨降って川が流れるように、流れろ芝居!

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公演日記(39)

 ぼくの頭の中には舞台の絵が出来上がっているけれど、それでも出来上がった舞台を眺めると、こうなるのか、と、思う。ただ、大方のところは問題なく作業できるだろうが、些細な部分でえらく準備に手間取ることも覚悟している。

 昔、高校生卒業公演で、会場から3キロほど離れた上野の山の稽古場で装置係りの生徒が階段をつくった。ところが運ぶことを考えなかった。そのままでは重すぎるし、バラせば、会場で組み立てに時間がかかる。福岡から来た照明のプロは一言で却下。会場で箱馬とかを使って瞬く間に作り上げてしまった。

 運ぶこと、修正が加えられることを念頭に準備しているのだが・・・。たぶんそれでも、何か問題が出てくるんだろうな。素人の悲哀を感じる当日の午前になるだろう。

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公演日記(38)

 昨夜は夕食後布団に行き、『水戸黄門』を見ながら眠ってしまった。目が覚めると10時半。次が1時過ぎ。それから1時間後に目が覚め、頭が色々考えだしたので、布団を出て、パンフの作成にかかる。

 できるだけページ数を少なくしたいと思う。パンフ原稿はメールで送って、各自のプリンターで印刷する。紙代より、インク代がかかる。経費の節約もあるし、面倒をできるだけ軽減したいと思う。現在4ページなので、表裏印刷にすれば紙代は半分になる。しかし、印刷したその裏に印刷するのってどっち側にすれば逆さまにならないのか・・・。

 昨年のパンフではぼくの文に「長い!」という意見があった。でも、公演を自分中に刻み込むためにも、方針は変えない。1ページだもんな。だから面倒を惜しまずに印刷しようーっと。

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公演日記(37)

 娘の運動会。小学校の運動会が一番面白い。中学、高校となるにつれ、程度は落ちてくる。小学生の動きがいい。係り生徒の迅速でテキパキした行動。競技にも演技にも一所懸命の取り組み。高校生に、いつから、こうなってしまったのか、と、訊ねたことがある。あとちょっとのところでボールを落としても、拾いにいって、落したところから再開するフェアプレイ。

 ただ、これは何処でも思うけれど、最初の準備体操。たいていはラジオ体操だけれど、その動きの意味、目的がわかっていないから、形だけになってしまう。大人は、そういう形を使うことが多い。そういう形をすることで意味があると思っている。残念ながら、そういうのはお見通しなんだな。芝居にそういうのがあると犯罪かもしれない。そういう演技が時々稽古場で出る。約束事の繰り返しではなく、検証されたものを舞台にのせたい。

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