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オーストラリアから中学生がやってきた(3)

 コスモタウンで外食して、ゲームセンター内のプリクラとカーレースで遊び、百均の店とスーパーをうろちょろした。朝方、娘が「できるだけ英語で喋ろうとするけれど、OKばかり・・・」とポロリ。ところが夕方、一日を終えて帰ってくると、来年は彼女の家にホームステイに行きたいと母親に言っていた。その志やよし!

 グラッドストーンとは毎年交互に中学生を派遣している。今年、ホームステイを引き受けた家庭に優先権があるとか。

 ぼくは娘たちに残せる財産はない。ただ、できるだけ多くの経験をさせてあげたい。財産は社会の変化で消えることはあるが、経験は死ぬまで残る。経験こそ財産ではないか。

 今朝、中学校まで乗せていった時、「君の国にはないようなことに沢山出くわすだろうけれど、それを楽しんだらいい。そうすればそれがいい経験になる」と言った。それは娘に対してもであり、ぼく自身に対してもだった。

 新しい経験を生活に取り込んでいく。その姿勢で生きていきたい。

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オーストラリアから中学生がやってきた(2)

 こんな時に台風だ。雨の中、中学校の体育館に行く。体育館で向かいあう。事前にもらっていた紹介コピー顔と比べると、小柄でかわいい。

 どでかいバッグ。腰に悪いとか言える状況ではない。

 9時前に就寝。それまでの不安な表情。ひげをそり落としたけれど、やはり、どうやっても人相の悪さは隠せない。

 一応家に電話、と、思ったけれど、国際電話方法を知らないので、インターネットで調べて、どうにか。こういう経験は、まあ、無駄にはなるまい。

 ぼくは今日から「リフレッシュ休暇」。一日年休を取って、6連休。脚本を書くために4月に設定してたのだけれど、はて?

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オーストラリアから中学生がやってくる(1)

 佐伯市の姉妹都市、オーストラリアのグラッドストーンから中学生がやってくる。その一人のホームステイ先になった。光栄、だが結構気を使う部分は身体を使うことが多いので、大変だ。

 和室を使ってもらうけれど、障子紙の張り替え。毎年年末にしているけれど、アイロン処理の障子紙。どこかにしわ、たるみが出てしまう。ただ、彼女のためのすべてではない。住居をきれいにする作業。そう思えばいい訳だ。暮れの作業が一つ減った。

 一週間の受け入れ。一回目の説明会に出た。ぼくは掲示板の設置を要望した。素晴らしいことに、すぐに設置してくれた。個人的な問題を一般化するには一番いいと思ったのだが、ダメ。ぼくがいくら書きこんでも、反応がない。機能していない。

 明日の夜から一週間。はて、どんな?

  

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ポール・ニューマン死去

 かっこいい男だった。ポルシェのエンジンを積んだワーゲンに乗り、ドレッシングを売り出して、その売り上げは寄付するとか、生き方そのものもカッコよかった。

 『スティング』は面白かった。

 ありがとう。

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健康診断の結果

 「病院行き」レベルから「経過観察」になりました。メタボでもない。

 最近毎日書いてないので何かあったのではないかという声が、ありがたいことに、届きましたが、何もありません。何もないから困るんです。脚本を書こうとしているんですが、浜辺で美しい貝殻も、珍しいものも見つけることができないまま、さまよっているんです。でも、このさまよいも楽しいんです。何かが見つかるまで、生まれるまで、さまようんです。

 元気です!

 

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大声で歌う

 しばらく稽古が話し合いで終わったりしていたが、とにかく、次に何らかの形でつながることをせねば、と、考え、歌を取りれた。身体をちょっとだけいじり(不十分ではあるが)、早口言葉を何度も声に出し、それから歌った。

 代表・鶴原持参のギターでちょっと「癖のある」歌をノーマルで歌い、スローで歌い、クイックで歌い、ハイピッチとローピッチで歌った。楽しみながら、同時に工夫をしながら、声を出す。結構、大きな声で、それもただ声を出すだけでなく、自分の声を考えながら、自分の声を知りながら、歌う方法は使えるかもしれない。今後この方法をより効果的にしていきたい。仕事でグッタリしていた老体にも元気が出たことだし。

 今、沢田研二がテレビで歌っている。さすがに老いは隠せない。かつての輝きはない。しかし、ジュリー(こういって、わかる人は少ないんだろうな)は走っている。タイガース(阪神じゃないぞ)の頃の歌さえ歌う。王監督が野球生活を閉じるにあたって、50年もときめいて生きた幸せを語ったけれど、それは沢田にもそうあって欲しいし、ぼくもぼくなりに、と、思う。ちなみに、ぼくはカラオケで沢田の『あなたに今夜はワインをふりかけ』が数少ない持ち歌の一つ。

 稽古で身体を動かし、声を出し、歌い、自分をみつめ、自分を知り、ほんのちょっとだけ無理をして、次の階段を一つ上る。書かなければ。

 

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ホームページがよちよち歩きを始めました

 代表・鶴原が悪戦苦闘の果てにようやっと立ち上げることができました。まだまだの状態ですが、活動の一端と、一部顔写真あり、です。これまで、と、これから、それはこのHPでご覧になれます。

  http://www.saiki.tv/~thetruth/index.html

 鶴原の苦闘の一部を知ってはいるんですが、そんなメンドーなことはできない。その点、ブログははるかにたやすい。ぼくはぼくなりに。

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読書感想文を読む

 40篇ほどの読書感想文を読んだ。クラス代表だけれど、中にはこれが代表?と思うものもあったが、クラス担任は大変だったろうと思う。代表でさえ読むのが苦痛なものもあるのだから。ただ、基本的には生徒が一所懸命に書いたもので、クラス担任が選んだ「作品」だから、こちらも雑念を振り払って読むのに専念した。

 昔、同じようなことをした時、『ハリー・ポッターと賢者の石』が5篇以上あり、気になって書店に取り寄せてもらった。3ページも読めなかった。それがあんなに売れるとは。ぼくには合わない。もちろん、映画も。

 うちの司書はベテランで時折囁いてくる、「ネットから盗用したものがありました」。「ハリー・ポッター」よりもっと昔、感想文の中に「私は著者に会ったことがあるが」という部分があり、「!」。それは文庫本の解説をまる写ししたものだった。昔も今も、感想文の盗作、というより、何かのまる写しはあるようだ。

 クラス担任が選んだ数篇をぼく達がさらに絞り込み、それを何人かに依頼して最優秀を選ぶことになっている。中には心を強く動かすものもある。そういう時は、いい脚本を読んだ時と同じように、鎮まるのを待った。ただ、疲れた。考え方も、書き方も異なるものを続けて読むのは大変な作業だ。学年ごとの最優秀は県大会に行くが、そちらの審査も大変だろうが、質は高いだけ、歓びも多いのかもしれない。

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国体がやってくる

 スタッフやボランティア生徒に「制服」が配られた。大きなトラックが入り、会場機材を運んできた。これからそういう「国体車両」が増えるんだろう。学校の幾つかの部屋があれこれに当てられるために、立ち退き。

 佐伯は総合運動公園に体育館ができた。レスリングの会場になるようだ。国体が終われば、可能な限り使用料を安くして、誰もが気軽に使えるようにして欲しいもんだ。建物は人が多いほど、輝くし、長持ちする。佐伯文化会館は、そうなっていない。だからカビ臭い。多くの人間に使われれば、と、思う。人間が作ったものは人間が使うことで活きるし、生きる。

 高校演劇をやっている頃、大会を開きたいが、使用料減免をお願いできませんか、と頭を下げたら、そんなことは一切していません、と。東京の劇団が上演準備中にムカデに刺され、急遽代役を東京から呼び寄せたという話を聞いた。佐伯で生きている人間として、恥ずかしかった。どんどん使わせればいいのに。

 国体。「おもてなしの心」を繰り返している。それは良い。終わった後に、「ありがとう」も欲しい。だから、使用料を安く!

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フォーク・クルセイダース

 テレビが白黒だった頃、そのテレビを通して、聞いた記憶がある『帰ってきた酔っ払い』。『イムジン河』を聞いて、すぐに放送禁止になった。寺山修司の『戦争は知らない』、五木寛之の『青年は荒野をめざす』、サトウハチローの『悲しくてやりきれない』等の詞を歌った曲は、今でも、いい歌だと思う。

 YouTubeで聴ける。

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吉田拓郎

 「ユーチューブ」で吉田拓郎を観て、聴いて、歌った。

 大学に入って間もないころ、高校の同級生の部屋に行った。ぼくは浪人したので、彼は学年では上になっていた。ぼくにはこれといって話すことはなく、部屋の片隅のギターを触っていたら、「持って帰っていいよ」といわれ、興味がある訳ではないけれど、「じゃあ」というきっかけかと思いそれを持って帰った。

 吉田拓郎の歌がコードが簡単だったので、それで練習した。指が動くようになれば、そのコード進行に言葉をのせれば歌はできた。その頃好きだった女の子の誕生日にオリジナル曲を10曲くらいつくって、それを録音して贈ろうと思った。下心は強い。誕生日の2か月前に完成した。LLのカセットレコーダーは重ねて録音できたので、それを使った。「私、拓郎、嫌い」と贈った次の日言われた。彼女はエルトン・ジョンが好きだった。

 そんなことを思いだしながら、ライブやバラエティやの映像を交えながら、吉田拓郎のしりとりをした。まさか『制服』もあるとは。『ぼくが1番好きな歌』は初めてで、そう、これが拓郎の根っこなんだと拍手した。拓郎には根っこがあるからいいんだナ。今なら、エルトン女に負けないのになァ。敗北の経験は結構いいかもな。

 そうやっているうちに、平浩二の『バスストップ』に出会い、繰り返し、歌った。これは名曲。声を出すにはこれがいい。 

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何故学校に創造性がないのか

 今回の大分の問題は深刻だけれど、トップの部分のアホがどんどん暴露されている。自分のことばかり考えて、自分の仕事、仕事の対象を考えていないからこうなる。教育のトップがこれだから、問題は深刻だ。

 学校は世界で一番自由な場所であるべきだ。その方向で考えれば学校は面白くなる。ところが、汚職幹部連中はそんなことは考えない。形を与えてそれの結果だけしか考えることができない。つまり、自分がやってますというアリバイつくりしかしていない。そういう連中が設定する研修には受ける都度アンケートで下らないからやめた方がいいと書くのに、反映されない。経費の無駄遣い。一般企業では通用しない。

 創造力がない。

 自分の立身出世だけしか考えていないからではないか。自分のやっていることが見えていない。アホ。生徒の前に立つことから逃げた連中に何ができるのか。教育長が大分の教職員に声明を出したらしいが、冗談じゃない。不正に絡んでいるアンタの言葉に誰が耳を傾ける? 不正採用された人の首を切ったアンタは、不正採用した人じゃないか。犯罪者なんだ。その自覚を持てない感受性の連中が教育の中枢にいる。問題だ。

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様々な場面、様々な人たち(3)

 新宿西口の居酒屋で彼はアルバイトをしていた。そのアルバイトの時間が終わる30分前に行って、飲みながら彼の仕事の終わりを待つ。彼がつきだしに出した「つくね」は初体験だった。それから、二人で飲んだ。彼の住んでいるアパートは、「ねぐら」という方がいいかもしれないが、高僧ビル群が窓から見えた。一等地じゃないか。ロフトだってある。

 彼はある劇団に所属しており、普段はその居酒屋でバイトしていた。一度、彼の劇団仲間の一人を交えて飲んだ。彼は、芝居でふくオカリナをカバンにひそませ、寝静まった新宿の裏通りを歩いている時に、路上でそれをふいた。車も人影もない街にそれは静かに流れた。上手かどうかはわからないけれど、ぼく達の前を踊るように動きながらふく彼は楽しそうだった。プロ(といっても、舞台だけでは食えないけれど)は、芝居が日常をつくる部分もあるんだナと思ったものだ。

 居酒屋バイトの彼はちょっとした都合で九州に帰り、今は照明の仕事をしており、高校演劇にはかなりの理解をもって接してくれている。高校演劇出身で、結婚披露宴の後、恩師の顧問と飲んだ。のんべえで有名な顧問は彼やぼくの話をウンウンと聴いていた。大学で、彼を巻き込んだ形の合同公演みたいなものを仕掛けた時に知り合って、シェイクスピアをロックミュージカルにして上演、その打ち上げの時にも彼は来てくれていた。あのころの元気はなかった。時間の物差しを感じた。

 そこまでにあれこれの時間が流れた。それからもあれこれの時間が流れた。彼は芝居に近いところで生活している。そいう彼を思い出すと必ずオカリナの彼を思い出す。今も芝居をしているのか、それとも、時々オカリナを取り出してさすっては青春時代を思い出しているのか。

 

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リレー質問

 通常は週に一回、水曜日が稽古日。そこで脚本を渡し、次週までに読んでもらう。脚本は『せりふの時代』『テアトロ』『悲劇喜劇』を中心に文芸誌、単行本、文庫本で、ぼくが読んで面白かったものを回す。それでもまだどうにかできないか、と、思い、リレー質問を掲示板で始めた。これが結構面白い。

 質問された人は、質問に答え、誰かに質問する。そういう質問をするのか、そう答えるのか、それが楽しめる。どれくらいの効果があるのかはわからないが、もう少ししたら、質問内容は変わってくるはずだ。

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次回公演に向けて話し合う

 気分転換の温泉ドライブを終えて、さて、そろそろということで、ぼくの考えを話した。ぼくは、一応鶴岡高校で最後に書いた『S・O・S』を大人バージョンに書き直したいと考えているので、とにかく、一度読んでもよう、と、女性二人に読んでもらった。それを聴きながら、ああ今ではこんな台詞書けないナというものもあれば、書かないナというものがあったりで、幾つか迷っていた部分が解決した。

 で、男バージョンと女バージョンで書いて、2回公演にするというのはどうだ、と、話した。むろん、現在のメンバーでは厳しい。前回公演の演出を兼ねないというのも先送りになる可能性もある。でも、その思いを打ち消すのがどうも・・・。冒険をshてもいい。いやすべきではないか。問題は一つ。女をぼくが描けるかということ。

 開高健は女と食い物と香水を書けるようになったら一流だと言った。その3つは、描くのが難しいということだろう。まあ、とにかく、挑むのは面白い。久しぶりにコーフンを覚えている。ノートを持ち歩く日々が始まる。

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土田英生『地獄でございます』を読む

 本の処分をしている最中、土田作品が掲載された演劇雑誌をみつけた。もっと早く、とにかく読んでおけば、埋もれることはなかったのに。後悔、後に立つ。

 最近、土田作品を読む時は上演を考えて読むようになっているが、幕開きには戸惑った。サウナの客たちなので、裸で前を隠している、のだ。ウ~ム。しかし、すぐに彼らはみんな死んでいて、地獄にいることがわかる。死んだ人間を出すのにはどうも抵抗を覚えるのだけれど、土田の作品は死んでるからこそを活かしている設定にしている。だから笑えるところも多いものの、もっと面白くできるのにという思いが募ってくる作品ではないか。これは書き直せば、もっと面白くなると思う。作者がしなければ、やってみたい。

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面白かったゾ!

 一泊のドライブから帰ってきた。宿の食事も秀逸で、別館借り切り状態での話やゲームも楽しかったし、プラスワンの九重の「吊り橋」は目を楽しませてくれた。次を四国に考えていたが、九州制覇もいいかナと考えている。しかし、とにかく、次は舞台に向かう。ぼくの仕事は、脚本を選ぶことではなく、書くことだと肝に銘じた。仲間には毎週脚本を渡し、読んでもらっているので、オリジナル脚本以外は、仲間から出てくればいい。チェーホフも一日一篇の短編小説程度にとどめ、脚本を書かなければ。そう、書かなければねえ。

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こういうことだってする

 明日、ぼくら芝居仲間は一泊の温泉旅行に出かける。稽古場や打ち上げで話すことも莫大な量だけれど、時には場所を変えてみるのもいいと思ったのだ。それに、一泊すれば、帰りの時間を気にすることもない。

 ただ、みんな金がない。だから旅行っていても、ささやかなものだ。とことん話せるかも怪しいもんだ。しかし、時にはこういう形で同じ経験を共有するのもいいのではないかと考える。稽古場以外での顔をみるのも面白かろう。

 芝居、芝居と焦っても仕方ない。今のメンバーで何か生まれるものものを待ってもいい。それぞれに仕事があるんだから、生活のメインはそちらだ。少し余った時間と活力で芝居をするのが、現在のぼく達。何かのきっかけで欲が出れば、その時に対応できるものがあればいい。

 実は、次は四国に渡る旅を考えている。愛媛で道後温泉に泊まり、「坂の上の雲記念館」を訪ねるのもいいし、高知の桂浜で竜馬に対面したいし、何よりフェリーで渡るのがいい。芝居仲間の旅行だったら、愛媛で、コースの途中に内子座を入れるのがいいのかな。

 家族や友達との一泊旅行以外に、こういうのもアリだと思う。大まかな計画だけで、行き当たりばったり。泊まるところだけを確保。どんな展開になるか、楽しみだなァ。

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健康診断

 詳しい結果はいずれわかるものの、体重が3キロほど減って64キロ、ウエストも3センチほど減って83センチ視力が0.8が1.2になっていたのは、そんな風に見えるのが当たっていたからだろう。ぼくはそんな数字はほとんど信用していない。肝心なのは身体の感覚なのだ。一つ言えることは、酒はないほうが、全体的に良くなるということ。惰性で飲むのはやめなければと思う。ただ、今夜は少しだけ、ほんとうに少しだけ。

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検便

 今日は健康診断。昨年からメタボ検診が始まったが、何のことはない、ウエストを測るだけ。最近はその辺について見直す傾向があるようだが、当り前だ。そして、今年から大腸癌検診が加わり、便を取ってきなさいと道具を渡された。2回分。最初は面倒に思った。それで、犬の便を出したらどうなるかと必死に考えたこともある。しかし、水洗便所でどうやって取れというのか、その辺に興味があって、やりました。昨日と今日で2回。シートを敷いて、その上にして、容器の中の棒で取って、容器に納めた後、流すというものです。こういう形で自分の便を観るのは時にはいいことかもしれないな。医者の中には便を「便り」という人もいるくらいだ。身体からの便りを時にはよく読むことも、自分の身体を考える上ではいいことかもしれないと思ったりする朝なのだ。

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朝の空

 城山に向かって円を描くような形で散歩する。城山の右手に市街地が広がり、その上の空は毎日姿が違う。以前はカメラを持って歩き、その空や花の写真を撮っていたのだが、最近はあたふたと出ていき、ああ持ってくればよかったと後悔だけを立てて歩くことが多い。

 ある作家はある川の辺で空や風景を毎日書き、文章の練習をしたらしいが、いい方法だと思う。ぼくも城山の空を毎日書いてみようかと思ったことがあるが、帰った時には忘れていた。何かを成す人と成さない人の違いだ。

 新学期が始まり、シャワーから風呂に代わった我が家だけれど、散歩から帰ってシャワーを浴びる時、残り湯が温かく、追い焚きしなくてもいい。燃料節約のために、泡を流す時にはその残り湯を使う。やがて、この残り湯が冷たくなる。そういえば、昨日の朝よりちょっとぬるいような・・・、季節は秋に傾斜している。

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9月になって彼女は

 5時になっても外は暗い。10分頃、うっすらと明るくなったので、彼女と散歩に行った。最近不安定な天候だったので、久しぶりの朝の散歩に彼女はピョンピョンと元気がいい。やがて9歳のおばさんなのに。

 暗い間に部屋の整理をちょっとだけした。こういうのは一気にやってしまわないとダメだとは知りつつチョボチョボだから、一向に進まない。アンケートの冊子が見つかった。舞鶴高校の卒業公演のもので、ワープロで打って、印刷して、部員に配布した。17ページ、157人の感想。かなり長い乾燥もある。これだけの人が書いてくれたことに今さらながら驚く。客席は友達や家族や知り合いだから、それも当然かもしれないが、いや、それを差し引いてもすごい。

 そんなことを考えながら、いつもより長い距離を身体を動かしながら歩き、帰ってシャワーを浴びるが、先週までは最後は水にしてたのだが、温水の方が気持ちいいので、やめた。秋は朝からやってくる。やはり秋が一番いい。そしてこの時期になると脚本を書かなくっちゃという体質は高校演劇をやってた名残だろう。書かなくては、書かなくてはねえ。

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