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演劇とストーリー

 昔書いた脚本の設定だけを基に脚本を考えている。この脚本にはストーリーらしきものははない。状況と人間だけ。

 ぼくは演劇にストーリーは要らないと、ここ、10年近く考えている。何故そう考え始めたのかは、わからないけれど、台詞で説明するような部分はできるだけ排除したいということかもしれない。

 以前、読書感想文について書いたけれど、あれから数人に読んでもらって、学年ごとに県大会に行く作品を決定したけれど、読む人によって意見がこうも違うのかと思った。何を書いたかより、どう書いたかをぼくは基本に考えた。たとえば、読んだ本の一言で書いてもいいと思うのだけれど、そういう結果にはならなかった部分がある。

 劇場に足を運ぶ人は何を求めているのだろうか。それは意味のない疑問かもしれない。ならば、何故演劇をするのか。ストーリーだけならば、小説でもいい訳だ。

 緒方拳と串田和美の『ゴドーを待ちながら』を観た時に、ぼくは『ゴドー』がすごく身近な世界に感じた。解釈しようとると、難しくなる。そんなに難しく考える必要はない、と。

 岩松了の『シェイクスピア・ソナタ』がまだ、頭を巡っている。何があって、どうなるんだ。「お前は、どう読んだ?」と問われているように思いながら、「すみません、もう一度読みます」という言葉を用意しているぼくがいる。

 こうなって、だからこうなるのよ、とかいう形で説明できない芝居に今度は挑みたい、そういうことだ。

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