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宮本輝『泥の河』を読む

 戦後間もない大阪が舞台。とにかく一所懸命に生きている人達を少年の目を通して描いている。生の手触り感がある。それだけで読んだ価値はある。

 豊かさとは生の感触を失っていくことなのか、と、時々思う。何もかもがファッションやエンターテインメントになってしまっている。かなり昔、ある評論家は1億そう白痴化と言ったが、当時は何のことやらわからなかったけれど、そうだと実感をもって理解できる。そして評論家の時代より、事態は深刻になっている。これには仕掛け人がいると、考える。ういう人たちにとって、民衆はバカな方がいいのだ。消費の道具でいいのだ。道具になり下がってはいけない。

 開高健は「人間は一本の管」と言った。入れて、出す管。中学生の時に買った江戸小話の本で理解できなかったものがあった。ある丁稚さんが店先で放屁する。近くにいた若旦那が「菜っ葉臭い屁だね」とバカにする。すると今度は若旦那が放屁。丁稚さんは「クソ臭い屁だ」と言う。逆転。ファッショナブルなアイドルもくたびれたオジサンも所詮は一本の管。空虚なものにしがみついた生き方より、もっと面白い生き方があると思うのだが、選択の自由。

 『泥の河』には生の感触がある。時には人間が確かめていいのではないかと思う。

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