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襤褸は着てても

 襤褸は「ぼろ」と読みます。読めるけれど、書けない。伊集院静かが、夏目雅子と飲んでいる時、「バラという漢字、書ける?」とか言って、指を濡らして、カウンターに薔薇と書いて、夏目雅子が感心、結婚したとかいうウソかホントかわからない話を読んだことがある。以来、漢字検定一級を目指している。目指しているが勉強をしていないから、まだ受検していない。まッ、退職したら3年以内には取ってやる!

 さて、現在宮本輝の全集に挑戦しているところだが、東野圭吾を読んだ後だと、書き手としては宮本の方がうまいと思う。比べること自体どーかと思うけれど、人間に対しての眼差しが強いと思う。東野はトリックの方に目が向いているだろうから、これもどーかと思うけれど。

 芝居をしているから、芝居の本を読むのは当たり前だ。ただ、小説は読んだ方がいいように思う。宮本の小説を読みながら、ぼくは映像がかなり明確に浮かぶ。行ったことのないドナウ川の風景やサラブレッドが走る姿、川に浮かぶ船の家の色合い、蛍の乱舞を見る少女の顔。新聞を読むのと、小説を読むのとでは、頭の働きが違う。新聞は情報だもんね。

 金がないから、最近はあまり本を買わない。学校の図書館を利用する。買った本でも、借りた本でも、読めば同じだ。ほぼ。「ほぼ」というのは、自分で金を払ったのとタダで読むのとは心の状態がちょっと違うと思うから。ともかく、金がないから、図書館を利用すればいいのだ。そして、できるだけ、360度開かれた読書をしながら、上質なものを必ず取り入れる。いつもカップ麺だけでは、精神は栄養失調になってしまう。「襤褸は着てても、心は錦」という歌が昔あった。錦を着てても、心は襤褸ではいかんのではないか。

 宮本輝を読めと言ってるのではない。上質への入口としてはいいのではないかというだけのこと。

 精神の充実を!

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