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生きるということ

 学生時代だったろう。珍しく親父に客が来て、酒を飲み、そこに座った。酒を注ぎ合う手をみて、親父の手が老いているなァと思った。

 その頃の親父の年齢を過ぎている今のぼくの手をみて、あの時の親父の手ほどくたびれていない、と、思う。

 生きるということは様々なことがあるということだ。ぼくはある時から、メンドーな仕事を押しつけられた時、OKした。それがぼくの流れだと思った。流れがある限り、人間は腐らない。NOの時点で流れは止まり、止まって腐っていく。「ああ、そうなのか」

 受け容れることが生きるということではないかと思う。この辺はもっと説明が要るかもしれないが、オトナなら、わかる。

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