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宮本輝『道頓堀川』を読む

 『泥の河』『蛍川』に続く川三部作の最後の作品。

 宮本輝の作品には、母親より父親の影が大きいように思うことがある。父親を描きながら男を描いているとも考えられる。

 宮本輝の作品は、主人公を取り巻く脇役の人たち。この作品では、社会の底辺を生きている人達の「うごめく生」みたいなものが描かれている。生きるということ、それに皆様々なものを引きずりながら日々を送っている。宮本は、もしかしたらずば抜けた想像力の人で、場面、場面がはっきり見えているように思う。だから、映画を観ているように読めるのかもしれない。

 今日、図書館利用のライバル生徒に「あれから何冊借りた?」と訊いたら、「2,3冊かな」だと。逆転させてくれない。

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