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大石静『愛と青春の宝塚』を読む

 ここ数年痛感する一つは、子どもたちの聴く力が落ちていること。かなり力を込めて話しても、伝わっていないことがよくある。そのことを漏らすと、同僚も相槌を打つから、ぼくの老いが原因とも思えない。そしてぼくは学力低下の一番の原因は聴く力の低下だと、ほぼ確信している。ぼく達は机で学ぶことより、耳から学ぶことの方が圧倒的に多い。耳の使い方は乳幼児の頃に教わると思うが、となると、親に責任がある。

 百回聴くより一回観る方が確実だ、と、言われる。でも、ぼくは目はあまり信用していない。観てわかったと思うのは怖いとさえ思う。ともかくよく聴き、よく観るようにしてはいるけれど、それでもわからないことが多い。もともと耳と目の情報を統合する頭の性能があまりよくない上に、最近は老いが拍車をかけている。

 宝塚音楽学校は廊下を曲がるとき、直角に曲がらなければいけない、とか、宝塚に興味のないぼくにも幾つかのことが目と耳を通して入ってくる。NHKのBSでもよく放送されており、ということはそれなりの人気があるのだろうが、誰それが退団とかのニュース以外に報道されないのは、組織がしっかりしているし、彼女達がしっかりしているからだろう。とにかく何も知らない宝塚なのに、何故か知ったような気になっている宝塚。

 大石静の脚本のタイトルに宝塚の感じがピタリと重なる。他にはないくらいのピタリ感がある。あまりにピタリとしていて恥ずかしさを覚える。大石に戸惑いはなかったか。だが、一回思いついたら、もう逃れられないタイトルだろう。年末だったか、藤原紀香主演のテレビドラマでほぼ同じ内容のものを観た。芝居の方は歌がふんだんに入っている。タイトルも内容も、宝塚。これでいいのだ。

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