« たかお、ありがとう | トップページ | 井上ひさし『道元の冒険2008』を読む »

宮本輝『夢見通りの人々』を読む

 そんなことでか、と思ったものの、とにかく親父を迎えにいかなければいけない。娘たちと列車を乗り継いで網走刑務所に向かう。時々、ぼくだけが乗り遅れたり、やたら坂の多い道を車で走ったり、迷路みたいな旅館に泊まったり、何故か死んだばあちゃんがいたり、と、波乱万丈の大活劇みたいな夢だった。夢で疲れて目覚めると、2時半。こりゃ早い。早いと思いながらも、もう眠れない。こういう時はウダウダするより、と、今日の職場でのあれこれを考えずに、起きた。パソコンを階下に運び、女房のパソコンにつないであるケーブルをさして、スイッチを入れる。部屋の温度は14度。ウッドデッキに出ると、雨。自転車通学の娘のことがふと気になる。

 昔、映画青年だったころ、淀川長治の文章だったか、これまた記憶が定かではないけれど、ビリー・ワイルダーの映画のラストで、カメラが主人公の部屋の窓からズームアウトしていく、それはつまり多くの人の中の一人の物語だということです、そんな内容だった。その影響があるように思うのだが、ぼくは丘の上からの夜景よりも、ホテルの窓からの、家とかアパートの部屋の一つ一つの明かりが見える方が好きだ。明かりのついていない部屋の拾人のことをあれこれ思いめぐらす。退屈しない。街には色々な生活がある。

 『夢見通りの人々』はオムニバス。夢見通りに住む人達を取り上げて描いている。この小説は失敗作だと思う。それぞれの人を一人称で描くべきだった。そうしないと多様性が出てこない。そして、共通の問題を絡ませた方がよくないか。たとえば、安易ではあるけれど、近くにショッピングモールが建設されるとか。一人の詩を書く青年が人々をつなぐのでは、弱すぎる。この辺が宮本輝、打ち止めか、ナ?

|

« たかお、ありがとう | トップページ | 井上ひさし『道元の冒険2008』を読む »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 宮本輝『夢見通りの人々』を読む:

« たかお、ありがとう | トップページ | 井上ひさし『道元の冒険2008』を読む »