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井上ひさし『道元の冒険2008』を読む

 本を読む気がしない、何もすることがない。そんな時はウダウダとインターネットしていたのだが、今はそれができない。それで始めたいくつかのことの一つが自分の年表つくり。昔のことを思い出すことは老人にはいいらしいので。

 その年表によればぼくは大学の時、6本の芝居に出て、そのうち1本を再演の際、演出とギター演奏(恐ろしい)している。その6本は、先輩のオリジナル、共同執筆オリジナル作品、シェイクスピア2本、井上ひさし2本。独裁体制ではなかったけれど、ぼくの好みが反映されたシェイクスピアとひさし。

 懐かしさいっぱいで読んだ『道元の冒険』には「2008」がつき、ついたぶん、やはり変わっていた。男が小説のタイトルで自分の人生を語る部分では、『我が心は石にあらず』が消えて『ノルウエイの森』が現れるみたいに。あるいは男を治療する医療現場の用語も。こんなに歌が多かったのか、と、首をかしげた。ぼく達が上演した時は、ロックバンドを舞台にのせて演奏してもらったのだった。(その後、部長になるはずの男が稽古しているうちにロックに興味を持ち、結局そのバンドのドラムス担当になってしまった。)

 めちゃくちゃ面白い。昨年の今頃読んでいた木下順二は、ひさしの作品に思想がないと批判した。その批判にひさしは「一に趣向、二に趣向、三、四がなくて五に」、はて五に趣向が来たか、思想が来たか、ウ~ン。とにかく芝居は思想ではなく趣向だと言いきった。そのひさしの趣向があふれているのが『道元の冒険』だろう。こういう作品に出会えるから、読み続けることができる。

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