« 倉本聰『坂部ぎんさんを探して下さい』を読む | トップページ | 『選挙』をみる »

倉本聰『年の始めの』を読む

 ずいぶん前になるが、他県で教師をしている英文科の後輩が指導主事になった。出世コースの一つだろうと思うが、主事仲間から「お前、盆暮の付け届けをしているか」と言われ、してないと答えると、「そんなんじゃ出世できないぞ」と言われた、と、話してくれたことがある。10年以上も前のことで、その県が今はどうか知らない。

 大分のそういうことの昔と今は、興味が全くないから知らない。ただ、金やモノを贈ってそういう地位についた人間は、今度はそういうことを求めるかもしれない。組織は腐っていく。昨年の大分はその腐った部分を露呈したわけだけれど、誰もが納得した形での解決をしていない。これはいずれ、どこかで別の形で出てくるかもしれない。

 虚礼廃止が告げられたのに、気になって、妻と新年の挨拶に上司の家にいったら、来てるし、来るし、もの凄い数。そこでのバタバタが描かれている。社員の中に派閥ができているし、奥さんたちにもそういうものができている。ばかばかしいと笑えないことを、昨年の大分の教育が教えている。

|

« 倉本聰『坂部ぎんさんを探して下さい』を読む | トップページ | 『選挙』をみる »

脚本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 倉本聰『年の始めの』を読む:

« 倉本聰『坂部ぎんさんを探して下さい』を読む | トップページ | 『選挙』をみる »