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遠藤周作『親和力』を読む

 最近ぼくはある作家の作品を集中して読む傾向にある。これは、はて、図書館の係になったから少しは借り出さないといけないという義務みたいなものがあるのは確かかもしれないが、昨年の木下順二、チェーホフは借りたものではない。まとめて読むと、重なっている部分が明確になり、その作家の核みたいなものが見えてくるような気がしてくるのだ、というところで、誤魔化しておくか。

 遠藤周作はクリスチャン。神と人間、神は人間を救うのか、それが彼の核にある、と、思っていた。遠藤の作品を読んだのは学生時代で、専ら小説。そして、今回、遠藤の全集を図書館で見つけて、戯曲だけを読んでみよう、と。

 『親和力』というタイトルが、もう少しどうにかならなかったか、と、思う。ゲーテの影響がどれくらいあるのかわからないが、それにしても・・・。観たくなる舞台の看板じゃない。

 人は生きている限り、謝ってチャラになるようなことばかりではなく、解決も、その糸口さえ見出せない、そういうことが澱と重なっていく。それにどうやってケリをつけるのか。そこに宗教はどう挑めるのか。宗教に解決はない。宗教は装置。自分が自分を考える装置、その時間と場所なのだと思う。遠藤の劇作術は幼いけれど、彼が提出した問題に誰が納得いく答えを出せるだろうか。遠藤でも、出せないように思う。だから、価値があるのかナ。

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