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村上春樹『1Q84』を読む

 ベストセラーになているものは読まない。読んだ後にベストセラーになると、早く読んでてよかったと思う。図書館担当になっていなければ、読むことはなかった。ベストセラーを図書館に置いてないのもどうかと思うし、それを全く知らないというのもまずいかもしれないと思い、届けられて1番手の読者になった。

 面白かった。村上作品は『ノルウエイの森』以来。その後も何冊か買ったけど、読んでいない。ぼくみたいな人間が言うことではないが、村上の成長は著しい。該博な知識を駆使して、先へ先へとページをめくらせる物語を仕上げている。

 6月23日の朝日新聞に、3人の人が「『1Q89』を読み解く」と題して、短い文章を寄せている。この人たち、こんな読み方をして面白いのだろうか、と、不思議に思う。だから面白い作品を書けないんじゃないのか。

 トイレに村上訳の『さようなら、愛しいひと』を置いて、1ページずつ読んでいる。チャンドラーの比喩には感心する。村上の比喩も面白いけれど、まだチャンドラーを越えていないように思う。

 『ノルウエイの森』では最後に大泣きした。今回は泣かなかった。ただ、無性に切ないエピソードがちりばめられている。ぼくの小説の面白さは、登場人物と感覚部分で触れ合うことができるかどうか。面白さは理屈じゃない。

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家電量販店の開店

 木曜日に開店した。その夜の大分のニュースでは、行列ができて、その先頭の人は前の夜の8時から並んでいたらしい。気が遠くなる時間、不自由と不便をイヤというほど味わうのだろうが、そこまでする価値をぼくは見いだせない。だから先頭の彼への敬意もない。

 開店3日目だが、混雑がすごい。開店して初めての休日だから多いのだろうと思いながら、列に入った。佐伯でこんな混雑を見たことはないように思う。小学校の運動会が、あえてあげれば、混雑ぶりは近いかもしれない。開店価格と書いてあるので、どれくらい安いのかはわからないが、ハードディスクを買って、外に出た。それから、ずっと遠い店まで行き、客が少ない売り場で、机で英語を聞く小さいCDプレイヤーを選んだ。「他店対抗」の札があちこちに張られ、どれも1000円以上の割引をしている。他店と対抗できなくてもいい。客をよけながら歩かない方がずっといい。

 佐伯に全国チェーンの店がチラホラ。そういう時代になったんだ。いいこと?

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完熟マンゴ

 完熟マンゴが当たりました。そういう知らせを受けたのは先週だったか。請求書かと思って封を切ったら、そういう短い文言が書かれてあった。どうやら、そういう時期にカードを使ったらしい。

 今年のグリーンジャンボの時、ホークスのトレーナーが届けられた。ある電器量販店で買い物をした時、ポイントカードを使ったのが応募になったようだ。で、GJはかすりもしなかった。

 今日マンゴが届いた。宮崎産の完熟マンゴ。さわやかな甘さ。でも、高いお金払って自分で買おうと思わせるほどではない。思っても買えない、が、正解だけれど。でも、東国原とかの言葉を交えながら家族でつつくのも、これまた面白いマンゴ体験にはなった。ただ、これでまたドリームジャンボもダメだったのだという通知を受け取ったのだと思った。思うようにはならないもんだが、美味しかったのがモウケだな。

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吉本隆明『現代日本の詩歌』を読む

 最近図書館で借りる本は、まず自分では買わないであろうもの。で、詩、なのだ。

 最近こそばななの父親ということで紹介されるかもしれないが、ぼくらの学生時代は怪物のような存在という印象があった。何故かは知らないが、彼の名前が出る場所、人、それがそういう印象を形成したのかもしれない。

 『現代日本の詩歌』は多くの詩人、歌人、俳人の人と作品をわかりやすく解説している。とにかく、ほめる。中島みゆき、松任谷由美、宇多田ヒカル、村田英雄の「王将」の歌詞まで出し、ほめる。しかし、その吉本の解説にはキラリと光るものがあり、詩についての認識のきっかけになることが多い。

 もし、歌を書くことに興味があるなら、これは読んでおいたほうがいいように思う。難しい、わからないで詩を敬遠してきたけれど、下手な小説より広がりと深さと面白さがあるのではないかと思わせる。これが吉本リューメイの腕力かもしれない。

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湊かなえ『告白』を読む

 先週一週間ノンアルコールで過ごした。夕方ビールを飲みたくなる、それはアルコール依存症の前兆だとか、そんな文章を昔読んだことがある。とにかく、一日アルコールを抜こうと考え、もう一日が続いたのだが、どうやら依存症ではないかもしれない、と、自覚できたことは収穫だ。

 アルコールを抜いて、変わったのは眠りの質。どういえばいいのかわからないが、眠りが深くなったように思う。そして、夢が生き生きとしてきた。それが面白くて、一週間続いたのではないかと思う。金曜日、ビール、チュウハイ、焼酎を飲んだ。おいしくないと感じたのは以外だった。味覚も変わるのか。もちろん、早寝、早起きなので、煙草の量は半分になり、酒を遠ざける効果は結構プラスアルファが多かった。

 今年の本屋大賞作品『告白』はネットリしている。書いた人間がいれば、それを面白いと思う人がいても不思議ではない。でも、大賞を取るほど多くの「本屋」が投票したのは少々意外というか、不思議というか。この小説は虫の目で書いた作品だ。おそらく誰もが見ない、気付かない部分に鋭く入り込んでいる。ぼくは好きではないが、最後まで読ませてしまう力量がある。ラストは、虫の目が、ポンと弾ける。ぼくだったら、投票はしないだろうけれど、よく書けていると思う。好き嫌いだけの問題になる小説。

 休日が過ぎ去るのは実に早く、窓の外には黄昏が忍び寄る。この一杯を最後に、またしばらくノンアルコール。さて、どんな夢が訪れることやら。

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井上ひさし『兄おとうと』を読む

 吉野作造兄弟とその妻を中心に時代の変化のなかで明確になっていくもの。

 吉野作造って、聞いたことがあるようなないような。

 だから、よかったのかもしれない。なまじっかよく知っていると、「そうじゃないだろ」とかいう思いがあぶく玉のように出たりする。

 このなかで描かれた吉野作造は、人間の代表みたいな人だ。そう。そうなのだ。作中の吉野にうなずく度に、世界を最適化しているような気がした。

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仮クラス担任

 クラス担任がコロンビアの国際大会に行っていて、今週から来週にかけて、クラス担任の仕事をしている。朝と帰りのホームルーム。総合的な学習の時間、ロング・ホーム・ルーム。クラス担任は結構大変だ。

 帰宅した時はクタクタで、昨日は帰るとゴロンで、眠ってしまった。大変で疲れるけれど、クラス担任は教育最前線だからこその楽しさと充実がある。この一週間を振り返り、大きな吐息とともに飲む酒はうまい。これぞ、生活、か。脚本ノートは持ち歩きながらも、脚本に向かう時間と気持ちがほとんどないのが、悔やまれるけれど。

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梅雨入り

 朝から雨で、犬の散歩も、草取りも、洗濯もなし。仕事から帰ってきての水やりをしなくていいのも嬉しい。先月は水道代が通常の1.7倍だったから、労力以外にも節約できるからバカにならない。

 ただ、雨の中自転車通学する娘のことを思うと、申し訳ない気持ちになる。ぼくも往生した。蒸して、暑くてねえ、雨合羽は。最近のは少しは改良されてはいるようだけれど、自転車通学生には面倒が増える分、歓迎するわけがない。徒歩通学の娘は、それほどでもないようだ。傘で遊びながら帰るようで、昨日も母親から注意されていた。

 車で通勤の皆さん、自転車と歩行者に気遣いの運転をお願いします。

 

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一日で変わる景色

 朝、5時前に家を出て、田んぼの中を犬と歩く。今は丁度田植えの季節。草ぼうぼうが耕され、水を張り、緑の苗が整列して、と、変化していくのを毎朝眺める。近くに小川があるわけでもないのに、どうやってあれだけ多くの水を引くのか、不思議と驚きで、朝から頭は疲れてしまう。

 若いころは、ここではないどこかに行きたい気持ちだけだった。しかし、今はここ以外の場所は考えられなくなっている。なんでか、ナ。これまた不思議だ。

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おかえり!

 さっきから、窓の向こうの電線(電話か、ケーブルテレビか区別がつかない)にツバメがとまっている。彼(たぶん)はあたりを睥睨するように見まわしており、その周囲をほかのツバメが自在に飛んでいる。今日気がついた。帰ってきたんだ、たぶん、今日。

 うちの北側の軒先にツバメの巣があることに気がついたのは10年ほど前。毎年帰ってくる。窓を開けると、別の電線には9羽。ほかにも飛んでいるのがいるので、この辺に所帯を持つツバメ達なのか、それとも家族か。いいなあ。軒先、全部使っていいからな。帰ってくれてありがとう。

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まど・みちお『すべての時間を花束にして』を読む

 「ぞうさん」や「やぎさんゆうびん」とかで有名な詩人へのインタビューで構成した一冊。子どもを一個の人間として作品を書く姿勢はいい。

 昔、ある劇団のセールスが来て応対した時、「高校生向けの舞台です」にカチンときた。高校生だからと子ども扱いする姿勢が良くない。高校生には難しくても、いいものはわかる。だから、その劇団の舞台を招いたことはない。

 まど・みちおは、子どもを人間だから響くものがあるはずだ、と、考えて向かう。ただ。

 「やぎさんゆうびん」はぼくは大好きななんだけれど、まどが「空腹」で説明していたのには、少々肩すかしを食った感がある。ヤギが腹が減っているから食べた、それだけなのか。食ってしまっての堂々巡り。フム。

 まど・みちお、人間として面白く、魅力的な人だと痛感した一冊。

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山頭火風に

 最近は詩に関する文献を読んでいる。小説よりは詩の方が、演劇に近いと考えながら、最近は詩を読んでいない。それで、日本の現代詩に焦点を当てて、読んでいる。そのせいか、今朝、できた句;

 娘の 温かさに立ち 歯を磨く

 4月に山頭火の句を読み、感心したものだが、一番好きな「後ろ姿のしぐれてゆくか」は7・7の音。和歌が進化して俳句が生まれたようだけれど、その俳句も進化して、山頭火のような作品が生まれてくる。字余り、字足らず、季語のあるなしは関係ないのだ。ふと生まれたものをメモするのは、次につながる。感覚でとらえたものを言語で表現するのは難しい。ただ、言葉の組み合わせで、世界が広がっていく。詩はわからないことが多いけれど、気にせず、もうしばらく読み続けてみようと思う。

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本日の打ち止めは、鹿

 夢で2時に目が覚め、起きた。もしかしたら何らかの作品になるかもしれないという予感。ノートに書く。4時半に犬と散歩。いつもの倍の距離。途中、ポツリ。そのポツリの間隔と粒が次第に増えていった。

 職場の休憩室で仮眠をとる。

 帰って、食事の後、娘を塾に送る。家を出る間際、明日プール掃除で水着がいる、と。去年までのは小さい、と。そうだろう、ナ。塾の間にスポーツ店で買おうとするが、サイズもタイプも判断ができないので、閉店後、子どもを連れてくるので店を開けてくれるよう頼み込んで、どうにか手に入れることができた。娘を連れて帰ると、家の前の百坪程度の梅林に動くものが。鹿が入らないように囲ってあるビニールの網に角がひっかかっているようだ。暴れている。はてどうしたものか。

 警察に電話した。どうしたらいいでしょうか。ちょっと相談してみます。受話器の向こうで笑い声が聞こえる。そして、その土地の持ち主に連絡しようと思うが、名前がわからないので、直接家に行く。彼は、またか、みたいな表情で見に来た。イノシシやシカを撃つんやけど、今は猟期ではないから、と、彼はつぶやき、明日まで待ちましょう。もしかすると外れて逃げるかもしれないし、と。その結果を警察に電話すると、パトカーで警官と市役所、猟友会を差し向けようとしていたらしいが、猟師である持ち主の意見だから、じゃあ、また何かあれば連絡下さいで終わり。どうせだから写真を撮っておこうと恐る恐る近づく。柿の葉が邪魔して撮れない。すると、今度は猟友会の方から電話。持ち主の名前を出すと、ああ、と。

 今日はまだ終わっていない。まだ、何かあるのだろうか。

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最後の小学校の運動会

 これで、小学校の運動会も最後かと思うと込み上げるものがあった。家と授業参観での教室ではわからなかったが、一年生から6年生までの中に入ると、大きくなったと驚いた。

 先週の中学校の運動会も面白かったが、小学校の方が年齢に幅がある分、多様で面白い。そして何より、運営がうまい。淀みなくスムーズに進行する裏の大変さはわかるが、それでもやはりうまい。高校が一番下手だな。

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