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デイヴィッド・ハロワー『ブラックバード』を読む

 演劇に限ったことではないが、続けるからこそわかること、みえることがある。そしてそれを持続するための何かは、もしかすると疲れを知らない好奇心かもしれない。

 この『ブラックバード』は、以前だったら面白く読んだかもしれない。面白くないという訳ではない。一気に読んだから。ただ、この世界はもういいや、と、思った。女と男は時にこのような奇妙な愛の形をとることがあるのだろうが、人間ではどうしようもない、たとえば時代とかを絡めることはできないものか。

 二人芝居の最後に少女が登場する。それはそれでわかるものの、登場させないことはできなかったのだろう。書いている時、ある誘惑が湧き、どうかなァと思いながら誘惑を封じ込めることができないことがある。それはそれで暗い想像が広がるからいい。でも、我慢しきれなかったのか、と、思う。二人でやってきた芝居なんだから。『ゴドー』の少年とは違う。

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