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犬は何故吠えるのか

 うちの犬はぼくが帰った時には吠えない。ところが娘たちの母親が帰った時は、うちの敷地に入るかなり前から吠える。くるまの音でわかるんだ、と、感心したこともあるが、何故、オレには吠えないんだ。吠えることは、帰ってきたことを喜んでいると考えたから、それがさびしい思いにさせていた。

 発想をちょっとだけ変えることができた。「おいで」と言えば、我が家の中では、ぼくに来る。ならば、彼女が帰ってきた時に吠えるのは、ぼくに知らせているのではないか。「敵が来たぞ!」みたいな。

 朝、5時半に洗濯機を回し、犬と散歩に行く。薬指大のLDライトで歩く。星に、どうしても、目が向く。ある星を眺める。あの星の住人も同じように地球を眺めていたら面白い、と、思い、また歩く。

 「私」を変えることはできない。ただ、違った生活をすれば「私」の違った部分がモッコリ出てくる。「早寝、早起き」はすぐれた知恵だと思う。朝は夜の2倍の価値がある。朝型、やってみませんか。

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創作日記(1)

 敷地内禁煙で、校門でタバコを吸う。しばらくそれが面倒でやめていたが、半年くらいで復活した。どこの学校も同じような光景があるらしく、時に電話で「みっともないからやめろ!」という電話があったりするようだ。それは上が対応と判断をすることだ。ただ、生活の中には句読点と改行が要る。

 今日、タバコを吸っている時、「晴れのち曇り、時々殺意」というタイトルが浮かんだ。こっちの方がいい。「断然」を3つくらいつけるほどいい。これで決まりにしよう。

 『ハイヒールで乾杯』はずっとタイトルが決まらず、一人芝居バージョンに考えていたものを引き出しから出して、ホコリも払わずにつけた。タイトルもつけられずに書けるわけがない。

 おそらく、たぶん、きっと、次は『晴れのち曇り、時々殺意』です。3月中旬の公演になるかもしれません。これから、時々、執筆状況を書きます。

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別の脚本になるかも

 稽古場の灰皿がロビーから玄関横に変わった。稽古前にタバコを吸っていると、少年バレーか何かの男の子が出てきて、迎えの車がないことを知ると、ゴロンとなって「昼寝」と言った。「夜寝だろ」と言うとピョンと起きた。さすがに運動神経がいい。

 今日の初めは、九州大谷短大の公演から、ETC、車の買い替えと話は続き、7,8日の高校演劇の大会の審査員の一人土田英生さんについての「予習」をする。

 そして、『ハイヒールで乾杯』の停滞を理由に、『離婚、続婚、時々殺人の匂い』を提案。これからは、同時進行で書くことになるけれど、次回からは、即興で芝居をしてもらいながら、夫婦の様々な状況を考えてもらうことになりそう。婚活の時代に冷や水を浴びせるようなことになるかもしれない。

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くるまで散歩~九州大谷短大篇~

 8時30分にコスモタウンを出発。今日は日産NOTEの後部座席。連れは二人。福岡まで「散歩」もおかしいだろうが、なにせサンダル履きだったので。

 目的は九州大谷短大の公演。久留米まで2時間。時間に余裕があったので、成田山の観音様を拝んで、ラーメンを食べた。それでも、短大に着いた時は開場まで30分の余裕。丁度付属保育園の運動会をやっており、可愛い姿を楽しむことができた。保育園の子どもたちは、何をやるにも懸命で、だから一層可愛い。

 公演は、200キロを超す距離をかけて損はなかった。舞台処理はかなり勉強になった。無料ってのも勿体ない。卒業生と話ができたし、大分の高校演劇の審査員に来ていただいた斎藤先生とも話ができた。こんなに充実した日曜日は久しぶりだった。また、「散歩」に行きたい。

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あさのあつこ『ランナー』を読む

 いい小説。数行読んだ時に思った。

 うちの風呂場にはナントカいうCMでも流れている石鹸があり、それをコッソリ使った後、頬を指先でさすると、シットリ感がある。そんなシットリ感を感じさせる文章。

 面白い小説には必ず「私」がいる。人が自分を知るためには多くの他人と付き合うことだと思うが、「いい小説」はそれが読むことでできる。

 主人公の妹の杏樹が可愛い。女神といわれる理由もわかる。

 切なくて切なくて仕方ない。人物の配置の妙と語りすぎない書き方で感動に覆われる。となると、次は『バッテリー』なのだろうか・・・?

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『イムジン河』の新しい歌詞

 加藤和彦さんの死はきついパンチ。才能溢れる人だっただけに、あちこちに現れるだけでもよかったのに。ポップ音楽では常に前衛だった。

 「ユーチューブ」で彼の歌声を聴きまくった。「発売禁止」になった『イムジン河』を何回も聴いた。

 仲間の北山修が新しい歌詞を付け加えたものを聴いたが、変えた方がいいんじゃないかと思うのは、最後の部分。「あおき海にかえる」がいけない。「あおき海に向かう」の方がよかないか。

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くるまで散歩ー尺間山篇ー

 天気がいい。晴れた日には永遠がみえるという映画もあったので、尺間山へ。そして今日は若い女性が二人、といっても、下の娘と友達だけれど。

 山をくるまで登り、くるまを降りると、山道を歩き、400段の階段を登る。これがシンドイ。やっとの思いで頂上に着き、お賽銭をあげてそれぞれ祈り、コンビニで買ったおにぎりを食べた。遠くにぼんやりと四国が見える。気持ちがいい風が吹き、気分は爽快。

 下りは、子どもたちの口数が増え、話題は先日行った修学旅行のあれこれが中心。お化け屋敷に入ったら、首なしが奇怪な声をあげて出てきたらしいが、それについて「口がないんだから声が出る訳ないじゃん」と痛烈な一言。連れがいるのもいいもんだ。これから、誰かを誘ってみようか・・・。

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鄭義信『バケレッタ!』を読む

 『焼き肉ドラゴン』は読んで面白く、舞台を観たいと思った数少ない脚本。

 小さな劇団故のあれこれにはウンウンと。

 ただ、面白くない。

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川西文『チャリンコ日本一周』を読む

 副題に「女一人2年7カ月」とある。23歳の時に出発して、26歳に家に帰るまでの記録。

 行く先々での人の温かさに溢れている。川西さんの人間の魅力にも溢れている。ただ、ぼくが速読モードに入ったのは、その繰り返しだからなのだ。これから、同じことをする人への情報や注意点が少ない。プラスと同じくらいのマイナス面をどう乗り越えたかが欲しい。

 学校の図書館で借りたけれど、少々くたびれている。以前なら、裏表紙の裏のポケットの中に貸し出しカードがあり、誰が借りたかわかったものだが、電算化されて、それが全くわからない。この手の本を読むと、以前読んだ人のことを知りたくなる。

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松本清張『点と線』を読む

 今年は太宰治と松本清張の生誕100年ということで、あれこれの出版物やら行事やらを目にする。しかし、大岡昇平もそうだったんじゃないか。ぼくは中では大岡が一番好きなんだが。

 日本の推理小説の古典。携帯もファックスもメールもなかった時代だから、問い合わせが電報というところに、「もどかしさ」を感じながらも、一気に読めた。かなり昔に読んだことがあるし、テレビで観たことがあるから、幕開きの4分は覚えていたし、結末もわかっていた。それでも、面白かったのは何故だろう。的確な描写は頭に映像を描かせてくれるからか。東野圭吾にhない、骨太というか、凄みというか、そういうものを作品の向こうの作家に感じる。

 開高健が「食べてみたいものは」の質問に「清張の唇」と答えていたような、そんなことを思い出した。

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矢島裕紀彦『名作を生んだ宿』を読む

 作家がホテルに缶詰めになって作品を書く話はよく聞く。これは井上靖や山本周五郎、吉川英治、山口瞳等十数人の作家が作品を書くにあたって選んだ旅館を写真入りで紹介している。

 秋は漂泊の思いに駆り立てられる。旅の雑誌だと、そのホテルから宣伝代をとってるんじゃないかと勘繰りたくなるが、これは違う。その旅館の部屋や庭、部屋から見える風景をみていると、作家のあれこれを想像するのも楽しい。それにしても、いい宿。泊まりたくなる。

 ぼくが一番気にいったのは、岡本綺堂が選んだ修善寺温泉の新井旅館。時計に関係なく、自分の時間の中でゆったりと過ごせそうな気がする。二階の窓から庭の池の鯉にパンくずを投げたくなる。こういう本がもっと欲しい。

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くるまで散歩ー鶴見崎篇ー

 土曜日の振休。九州最東端の写真を撮っておこうと出かけた。

 天気がいいので、断崖絶壁の上から海を観るのは気持ちがいい。戦争中、豊後水道を来るアメリカ艦隊を撃つために砲台を築いたらしが、今と違って重機もお粗末な時に、戦争ってのは人をクレイジーにする。360度展望台に今までいったことがなかったので、登ることにした。入口に年齢に応じてどれくらいかかるか表示したる。50代のぼくは7分前後。それを5分で登ったぼくは、若い?上では望遠レンズをつけたカメラで撮影している人がいた。

 下梶寄に降りて、海岸でボーッとして、帰る時、驚くほどの数のトビだかタカだかが、舞っている。走りながら、窓から手を出して撮影したが、ボケていた。

 帰りに間越(はざこ)に寄る。道沿いにハイビスカスが咲いていて美しい。一番好きな花じゃないかな。

 米氷津に出ると、大きな漁港に感じた。それまでの集落が小さかったからだろうが、それだけ面白みがなくなっているのも確か。ぼくは人間の少ないところの方が好きなのだな。

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くるまで散歩ー波当津海岸篇ー

 秋の誰もいない海でも、と、ぶらり。かなり自動車道路の建設が進んでいるのには驚いた。青山経由で蒲江に向かえば、それは実感できるし、宮崎まで足を踏み込んだが、そちらでも進んでいる。延岡まで通じれば、加えて高速料金が無料化になれば、宮崎までの散歩が簡単になる。楽しみだ。

 さて、波当津海岸に向かう峠からの景色がいい。狭い道で峠を下って、海岸で足を洗って、小学校そばの道を走ってみる。離合が難しい狭い道をしばらく走ると、「横島展望台」の表示。更に狭い道を走ると、絶景。眼下には太平洋が永遠に広がっている。テニスコートほどの広さとアクセスの悪さで誰もいないのもいい。結婚前なら、彼女をここにつれてきて、夜明けにプロポーズするかもしれない。などと、バカなことを考えながら、北浦に出て、そこからターンして山道を越えて帰ってきた。走行距離100キロ。

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深谷・ホートン・月川『アイルランドに行きたい』を読む

 外国には行ったことがない。行きたいとも思わない。ただ、たとえば開高健の釣り紀行を読んだり、テレビで度番組を観たりすると、行きたくなることがある。気持ちがあっちこっち飛んでも夢のあぶく玉遊戯で切ない。それで、アイルランドに絞ることにしたのは10年前くらいか。

 理由はジョイスとベケットを生んだ国だから。後は、気候と風土。あまり派手でない方がいい。

 この本、というより冊子に目を通して、アイルランドのパブもいいかもナ、と。ぼくは食べ物にはあまり興味がない。もちろん旅の楽しみではあるけれど、目と耳をはるかに優先する。だから、カップ麺での旅行でもOKだ。少しの酒があれば、だけれど。

 シャッターを押す指がかじかまない季節に、アイルランドへ、行ければ。

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祝辞は難しい

 今日、津久見高校は創立70周年を祝う式があった。校長、同窓会長、PTA会長、県の教育長、大分県議会議長、生徒会長が祝いの言葉を述べた。驚いたことに、教育長が一番ひどかった。おそらく、入学式、卒業式、結婚披露宴での祝辞等、ぼくが聞いた全部をひっくるめた中で最低ではないか。原稿はまとまりがなく、羅列。知性のかけらもない。そして、それを読む読み方、声の出し方も、稚拙で聞き取りにくい。それでは困る。さすが県の教育のトップだけのことはある、と、唸らせるものでなければ。

 それに比べ、県議会議長の言葉は簡潔で津久見高校を称えた。

 二人の祝辞の違いは何か。核になる言葉を持っているかどうか。その一言を見つけることができれば、後は具体例をちょっと付け加えればいいのではないか。

 そういうぼくも先月、教え子の結婚披露宴で祝辞を述べた。スピーチの経験はあるが、祝辞は初めてで、はて、どう言えばいいのか。そんなこと考えても解決しないだろうから、ぼくは「奇跡」を核にしてしどろもどろながらどうにか話した。そう、ぼくのような人間はそういう話をする場所を作らないことだ。教育長も、感動するような話ができるよう勉強するか、話さなくていいようにするか、二つに一つしかない。

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椎名誠『哀愁の街に霧が降るのだ』を読む

 小説というより、回想録。ここが面白い、というより、描かれている世界の空気というか感触が、学生時代に近いものがあり、懐かしさを感じるものがある。

 学生時代、田舎の国立大学の学生はみんな貧しかった。当時の授業料は36000円。月額3000円だ。今の高校の授業料よりずっと安い。

 ぼくの下宿の部屋は4畳。ある友達の部屋は3畳。その3畳で8人で酒を飲み、眠った。数人は足を廊下に出したりして。部屋に鍵はない。何も盗まれるものはなかった。当時、「出前一丁」が出た頃で、それを買い置きしておくと、友達が持っていくということがあったくらい。ただ、それは「無断で借りた」のであり、後日そっと置いていたりした。もっとも、時にはスープ袋の代わりにコンドームを入れたりしていたが。それにしても、開いて、またくっつける作業に敬意を表したものだ。

 酒は、一番安いウイスキー。サントリーホワイトが1000円までいかなかったと思うが、それさえ贅沢品。レッドやニッカのHIHI(ぼくたちはヒーヒーと読んでいたが)ニッカ。それを金を出し合って買い、女学生やらの話しだけを肴にあおっていたのだった。

 そういう学生時代の空気がぼくの周辺に漂いながら、楽しめた。

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『エレジー』を観る

 大学の先生と女学生の恋愛。石田純一と東尾理子以上の年齢差がある。女学生は本気になるが、男は相手の本気を受け容れることができず、逃げる。男が相手を受け止めようとした時には、もう取り返しがつかない状況になっていた。

 高校教師と生徒との恋愛も沢山あるだろう。ぼくも幾つか知っているし、中には悲劇的結果に終わったものもある。ぼく自身、昔昔のそのまた昔、ある生徒を好きになったことがある。好きだと自覚してから一週間ほど考えた。考えに考えた。相手の両親に土下座して、結婚を許可してもらおうとも考えた。一週間で終わったのは、二人での生活を考えた時、何を語り合えるのだろうかという疑問を覚えたからだった。25年ほど前のこと。

 高校から大学に舞台をかえると、話は違ってくる部分があるだろう。大学だから高校のように「スクールセクハラ」が表に出るのが少ないかもしれない。

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『百万長者の初恋』を観る

 一度目覚めると、あれこれと考え、もう眠れない。で、起きるものの、とりあえずテレビをつける。『百万長者の』って、アメリカの古い映画かと思ったら、韓国映画。解説を読む限りでは、魅力は感じない。ところが、結構面白かった。

 韓国映画のいいところは、直球を投げるところ。昔の日本にもそういうのはあった。しかし、ダサイとかで拒否された。しかし、韓国映画では、バンバン投げてくる。それが魅力になっているように思う。『百万長者の初恋』は欠点が幾つかある。しかし、それで破綻することがないのは、直球の志が溢れているからではないか。

 ヒロインを演じた女優がいい。可憐な花を持った女優で、蒼井優の線か。ああいう線の女性は好きなのだ。

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くるまで散歩ー大越篇ー

 中学校に入って、大越(おおこえ)という場所があることを知った。同級生に3,4名いたような記憶がある。一度自転車で行ったことがある。車を持って、祖母を直川の地蔵尊に乗せて行った帰りに、大越に抜ける道があることを知り、何気なく向かったら、道がくるま一台がやっとで、往生したことがある。

 中学を卒業して40年。舗装されてはいるが、中には車一台やっとというところも多く、あの頃は舗装されている部分も少なかっただろうから、中学校までの10キロ近くの距離の自転車通学は大変だったろうと思う。

 今はコスモスが盛り。コスモスの背が昔より高くなったような気がするけど、気がするだけなのかな・・・。今回大越を散歩したのは、朝日新聞が選んだ日本の風景に選ばれていたからだが、春の頃だったかの発表で覚えていないのだが、行けばわかるか、ナ、と思ったのだが、ダメ。

 ただ、コンクリートの街を離れると気持ちがゆったりしてくるのは不思議だ。

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今年の大分県高校演劇大会の審査員に

土田英生さんが来ます。ぼくはそのことを書きたくて仕方なかったけれど、さきほど事務局長との電話でGOが出ました。

 ぼくは昨年150ほどの脚本を読みました。木下順二とチェーホフの全戯曲と演劇雑誌に掲載された作品、早川の演劇文庫、文芸誌に掲載されたひさしや野田等の作品で、ボルト並みのぼくなりの全力疾走でした。その中で、一番楽しめたのが土田作品。彼の作品が掲載されたものが届けられたり、過去作品を見つけた時は、嬉しくて、全てに優先して読みました。

 その土田さんが了承してくれたのは、舞鶴高校卒業生の山田さんのおかげです。彼女は今年の春土田作品を演出しており、そのルートが決定打でした。

 土田さんはテレビドラマ『赤鼻の先生』も書いています。大分の高校演劇に現在進行形のビッグネームが来るのは奇跡的なことです。講演もして下さるとのこと。11月7(土)、8(日)に芸術会館です。土田さんの話をいっそう楽しむためにも、高校生の舞台を観た方がいいと思います。入場無料。このチャンスを是非!

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『うた魂』を観る

 高校の合唱部が舞台。観終わって実に清々しい気持ちになる。主演の女の子がいい。観終わる頃、ちょっと成長した女の子は、輝き、美しくなっている。その辺が魅力的に演じられている。ガレッジセールのゴリが野蛮な純情で物語を面白く転がしていく。おかげで、気持ちのいい朝を迎えることができた。

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