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『坂の上の雲』第一回放送を観る

 鳩山首相の献金問題で、「恵まれた家庭に育った云々」と漏らしたらしい言葉。その内容よりも、平気で言わせる感受性にこそ問題があるのかもしれない。「貧乏こそ、偉人を育てる。だから父はお前たちにとっては恩人なのだ」、と、かなり不正確だが、そんなことを秋山兄弟の父親は言う。貧乏を正当化しているだけのことだが、鳩山のノーテンキな言葉の直後だけに、またその後の秋山兄弟の多大な功績を考えると、フムフム、と、頷いてしまう。

 待ちに待った放送。第一回は序章ぞなもし。

 どうやら、テレビでは弟をメインに進んでいくようだ。それをモックンが演じることでもわかる。そして、第一回は、真之がイギリスの軍艦を観て、それを追って走るとおろをクライマックスにして終わった。海軍に行くことが鮮明に描かれていた。「お楽しみはこれからだ」と予告編みたいなものだが、腰が座っているドラマであることは画面にみなぎっている。これから3年間秋だけの放送になるが、これだけは最後まで「観れずに死ねるか」と思う。内藤×亀田戦には視聴率では負けるかもしれないが、最終的にはかなりの結果を残すのではないか。

 期待が高まる。

 

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好きな歌とその周辺

 「小沢昭一てきココロ」(どこが漢字で平仮名かわからない)というラジオ番組で、昔、小沢が怒っていた。美空ひばりは『柔』でレコード大賞をとったが、人生の応援歌を歌ってはいけない、とかいう内容だった。それを覚えているということは、影響されている、と、思う。

 佐伯という田舎も嫌いだったし、演歌も嫌いだった時期がある。

 でも、今は佐伯が好きでくるまで散歩してはせっせと写真を撮っているし、演歌とかジャンル分けせず、演歌も歌えば、美空ひばりも歌う。

 美空ひばりの最後の歌が『川の流れのように』がぼくにはよくない。小沢の影響があるのだろう(くれぐれも、民主党のアイツじゃないですよ)。『愛燦々』がいい。これが、美空ひばりの白鳥の歌だったら、と、思う。不案内な方は、以下で:

http://www.youtube.com/watch?v=NQSoyv7OECo

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柴門ふみ『恋愛物語』を読む

 コメントを寄せる人たちのささやかなつながりを書いておいた方がいいか、ナ、と思い書いたところ。反応があって嬉しかったです。ありがとう。

 あの頃はシャープの書院を使って書いていました。あの頃はワープロ機能の向上がすさまじく、ほぼ毎年買い替えていました。大学時代にこういうのがあれば、論文を書く際のもどかしさやいら立ちを軽減できたのに、と、何度思ったことか。

 舞鶴の連中に脚本を提示する時は怖かった。はて、どういう反応か。「ここは笑って欲しい」ところで笑わない。ぼくは平静を装い、悔しい思いで何度も書き変えたものでした。結局は彼らに教えられたわけで、それは莫大だったと思います。

 あの頃、ぼくあ本を読んでいなかった。演劇雑誌は全て定期購読していたものの、パラパラ程度。佐伯から大分に通勤していたせいもあるし、学校が進学ガンガンだったせいもあるかもしれない。もっとも、ぼくは芝居のことしか考えていなかったのだけれど。

 ぼくが本から芝居に行くことを知ったのは『るるてんてん』。沢木耕太郎の『人の砂漠』を読んで、インスパイアーされて、一気に書いたのだった。

 ぼくは今まで男と女を書いたことがない。今度は、それを書いてみようかと思っているものの、断片ばかり。紙に砂鉄が散らばった状態。そこに磁石を置けば、砂鉄が磁力で並ぶ。その磁石こそインスピレーション。

 柴門(さいもん)の小説。短編が数篇。「恋愛物語」を「ラブ・ピーシーズ」と読ませている。恋愛の断片集。マンガが正業なだけに、絵が浮かぶ文章。ただ男と女についてではなく、柴門ふみを知るだけになったのかもしれない。

 「晴れのち曇り、時々殺意」は男と女がメインテーマです。乞うご期待、とは、まだ言えない。

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ある芝居でつながる人達

 舞鶴高校演劇同好会の卒業公演『私の中の彼へ』は心臓移植を取り扱ったものだった。それに関係した人が時々、このブログを覗いている。

 医学の知識など毛頭ないので、知り合いの医師にアドバイスを求めた。その医師が時々コメントを寄せる「ジャイ」さんである。彼にはわざわざ大分まで来てもらい、演出の山田と出演者の江藤の二人で食事をしながら話をきいた。手術をする時の衣装と聴診器も譲ってもらった。ちなみに山田は、現在福岡で「劇団ギガ」の脚本と演出だけでなく、劇団外でも活躍している。江藤は今「W宴人」の一人として、最近テレビにチラホラ出るようになった。公演は、練習から、本番、上演後までをビデオに撮ったが、本番直前、江藤は「よし、オレが笑わせてやる」という言葉で楽屋を出た。「笑わせてやる」姿勢は、19年たっても続いている訳だ。

 そのほか、「あやの」さんは主演をつとめた。「ようかん」さんは、性転換した男として、性転換した女役の現在「Officeせんせいしよん」の代表とカップルを演じたのだった。

 おそらく、ぼくが一番芝居だけを考えていた時期だと思う。今考えれば、冷や汗もんのあれこれだが、鮮烈な輝きを今なお放っている。「ジャイ」さんはじめ、みなさん、お元気で!

 

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インフルエンザがやってきた、YAYAYA

 修学旅行の帰りを迎えに行った時、生徒全員がマスクをしていた。そのため、子どもを見つけるのが難しかった。体育館で解団式をしている時に校長と学年主任が、インフルエンザにかかった生徒が出たので、注意を云々。

 3連休の途中、うちの子どもに症状らしきものが出て、翌日下の子どもが発熱。そして、今日、医者に行き、診断が出た。その診断をメールで受けて、ちょっと熱っぽく、頭が重いので、ぼくは授業を終えて、早退。

 上の子どものクラス担任が来て、隣のクラスは半分以上がインフルエンザということ。学年閉鎖が伸びるだろう、と。クラスの1割がかかると学級閉鎖になるが、「高校の方から教委に申し出たのでしょうが、今は2割になりました」ということ。確かに、今高校は推薦入試の真っ最中で、面接や小論文の指導で忙しいし、センター試験に向けて追い込みの時期だから、1割で学級閉鎖になったら、困るのだろう。うちの学校は、そういう生徒はきちんと健康管理をしているから、ほとんどかかっていない。それでも、学校閉鎖になってしまった。ただ、試験直前の生徒で健康な生徒は、登校して指導を受けた。

 ともかく、我が家の二人の子どもは、今週一杯登校できない。シュッテイ(出校停止)。朝9時の解団式を終えた午後からクラス担任の電話がどんどん鳴ったという。ああいう状況であるなら、全員を集めるのではなく、すぐに帰して、解団式は後日ということをしてもよかったのでは、と、思うが、同じ人間が全員に同じ言葉で注意を促すためには仕方なかったのかもしれない。

 ビートルズの全アルバムをデジタル処理したアルバムが売れているらしい。全アルバムが入ったものが売れているらしい。ぼくは全部は要らない。ぼくが高校3年の時に解散した最後のアルバムだけでいいんだけどな。

 はて、ぼくにインフルエンザはやってくるのかしらん。

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車で散歩~祝子川温泉の巻~

 連休中日は天気が悪い。午後から雨の予報。起きる前に祝子川温泉に行きたいと思った。何故かはわからない。しかし、折角訪れた思いだから、10時に車を転がす。

 宇目の道の駅でチーズを挟んださつま揚げを買う。120円。それを食べて、幹線から逸れて山道に入る。車一台の道幅の山道をクネクネと走る。途中、車を止めて、山また山の景色を眺める。紅葉うはチラホラで、圧倒的に緑が多い。家を出て2時間足らずで温泉に着く。2回目だけれど、最初はぼく一人だったが、今回は車が10数台。

 体を温めて、露天風呂に出た。そこで串間市から来たという口髭の男前から話しかけられた。ぼくは相槌を打つくらいだった。風呂を出ると1時を過ぎており、かあり長時間湯につかっていたことになるが、その1時間ちょっとの間に、ぼくは彼の家族構成から、奥さんの出身地等の家族状況、彼の趣味から老後の計画まで知った。そして、吉松邸というのがあり、是非訪ねてほしい、その時は自分の家は○○の向かいにあるので、遠慮なく、と。そして、ぼくはそれに「行きます」と応えた。

 走った距離は約120キロ。雨の中だったが、充実感はあった。それと、祝子川温泉は「美人の湯」。それに1時間浸かっていたのだから、きれいになったんじゃなかろうか。今度は春先に行ってみよう。

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宋左近『あなたにあいたくて生まれてきた詩』を読む

 詩人だけでなく、小学生の詩も扱っていて、とにかく、宋の解説が素晴らしい。途中から、解説を楽しむために、詩を読むような、本末転倒的な読み方になってしまった。

 ぼくは小学校の頃、詩が合同新聞に掲載された。学校から送られたものだと思うが、その記憶があって「詩人になりそこねた男」と自称することがある。しかし、取り上げられた84篇の詩の中で1割以上は占めている小学生の作品に触れて、詩人になることはできないように思った。詩人は生まれるのだ。人間のい分け方の一つとして、詩人に生まれる人とそうでない人、そういうものが成立するかもしれない。

 読み終えて、名前を聴いたことはあるような気がするものの、どんな人か知らなくて、インターネットで調べた。宋左近はペンネームらしく、「そうさ、こんちくしょう」がペンネームの由来らしい。「くたばってしまえ」が二葉亭四迷、それを思い出した。大変な時期もあったようだが、宋左近の言葉は温かく、詩についてやさしい言葉で教えてくれる。

 図書館で借りたものだが、これは注文して、ぼくの名著の棚に加えたい。

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江國香織『すみれの花の砂糖づけ』を読む

 女は難しい。少しでも理解したつもりになりたい、と、思い、江國の詩集を読んでみた。難しさが深まった。わかろうとするよりも、わからないままにしておいたいいような気がしてきた。オーロラの謎を知るよりも、きれいだ、と、思うだけの方がいいのだ、きっと。

 川端康成は女が書けなかった、と、いったのは小林秀雄だったか、ナ?開高健は女と食べ物と香水が書ければ作家としては一流だ、とか、書いていたようなおぼろげな記憶。そんなこんなで、ぼくが読む8割は女研究の目論見があった、と、思う。ただ、この方法では漠然がさらに漠然となるだけ。一人に徹底した方がいいのではないか。その一人の表情や言葉や仕草、あれやこれや、あんどれやかんどれや、それに徹底した方が確かなのだろう。

 恋愛初期は、観るものすべてが心弾ませる。そして熱い時期を迎えると、意外にスーッと冷めて、「秋の枯れ葉に身を包み、冬に骨身をさらけ出す」という具合になってしまう。その都度上手に距離を置く術を心得るべきなのだろうな。近づきすぎても、遠すぎてもいけないのだ。上手に距離を置いて、女の難しさも、何もかも楽しめたら、と思う。・・・アヘ・・・

 

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向田邦子『寺内貫太郎一家』を読む

 昔、何回か観た。小林亜星が西城秀樹をぶっとばすシーンとか悠木千帆(現在、樹木樹林)の「ジュリイ~」とかの断片の記憶しかなかった。読みはじめて、加藤治子、浅田美代子、梶芽衣子、伴淳三郎、左とん平、篠ひろ子、由利徹などの顔がよみがえってきた。そして、ドタバタのドラマだったという思いが変わった。

 テレビはこういうドラマをつくるべきだ。

 老人を「きったねえ」と言ったり、老人も妻も子どもの殴る父親が貫太郎だ。西城秀樹が亜星からぶっ飛ばされるシーンは「約束」みたいなところもあり、壮絶な家族だった。でも、「嫌いな人間は殴らないよ」という貫太郎の母親の台詞があるが、家族が家族としてつながっていることが濃厚になっていく。だから、長女の結婚で、泣いてしまう。

 こんな時代に誰かを批判して何が生まれるか。

 あれだけ長く続いたものが何故一冊? 半分近くはあらすじでごまかしているのだ。別のライターが書いた回もあるようだ。

 向田邦子はいい。3月付近に倉本總を読んだ。あれも面白かった。でも、断然向田邦子。人間へのあたたかい眼差しが台詞の端々にある。いい台詞も沢山ある。

 もし生きていれば、うすさいオバサンになっていたかもしれない。でも、テレビドラマな確実に面白くなっている。ただ「驚き」だけのアホみたいな勘違いバカドラマは少なくなっているかもしれない。

 人間が呼吸しているドラマを!

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山崎豊子『沈まぬ太陽』を読む

 全5巻の小説というか、小説風のノンフィクションというか、読み応えがある。数百名へのインタヴューとオレだったら一生かかるなと思うほどの参考文献の量。山崎豊子はすごい、と、何度も思った。

 日本航空を舞台に、それに群がる欲の虫たちの所業に呆れかえったり、怒ったり。テレビで映画のCMが流れ、主人公の恩地を映画では渡辺謙が演じていることを知っているので、読みながら恩地は完全に渡辺謙になっていた。

 公開の舞台挨拶で渡辺謙は泣いた。日航からの雑音も報じられたが、まだ日航はガタついていて、結局まだ欲の虫を一掃できていないのではないか。そして、そこに税金を投入したところで、虫どもに行くだけではないのか、と、様々な思いが込み上げてきた。ただ、渡辺謙への応援のためにも、映画館に足を運ばなくては、と、思った。

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中央演劇祭に行く~おわりに~

 丁度一週間前の今頃、ぼくは事務局の中原先生とホテルのロビーで話していた。彼は、審査員のメインに土田英生さんが決まってから、土田作品を読み始めたようで、読むにつれてすごい人だと認識し始め、「本当に来るんやろうか」と何回かつぶやいた。二人で駅まで行き、土田さんを待った。ところが、特急がホームに滑り込んで、どんどん乗客が改札を通るのに、来ない。二人で周囲を見回しながら、不安が募り始めた頃、あれだ!

 審査員3氏との食事会に参加させてもらった。その光栄は、ぼくが土田さんを事務局に推薦したからだと思う。ぼくは最初に「土田先生、土田さん、どっちがいいですか」ときいたら、「土田でいいです」。2時間足らずの短い時間だったけれど、気さくで率直、面白い人柄にますます魅かれた。

 それから2日間、楽屋口の灰皿のそばで、土曜夜の顧問を交えての食事会で、ぼくは神経を小町針の先のように尖らせて、話を聴いた。講演も面白く、ポイントを押さえていた。

 山梨県からの中村先生も、何と全国大会ですれ違っていたようで、それに驚きながらも、言葉の端々に高校演劇への真摯さはビンビン溢れていた。大分の小野先生が久しぶりに客席を眺めて「芸館も古くなったなァ」とつびやいた。「それだけ小野さんも古くなったってことです」という言葉を呑み込みながら、それだけ大分の高校演劇に接してきたということなのだ、と、思った。中原先生が「最高の審査委員や・・・」というつぶやきに、ぼくはその通りと頷いた。

 大雨と雷鳴の夜。おそらく、今年は一年生が頑張ったから、来年は今年よりもっと面白くなるだろう。高校生に負けない進歩と成長をしなければ。

 大分の高校演劇、生きている限り応援します。頑張れ!

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中央演劇祭に行く~日田三隈高校~

 丁寧につくりあげた舞台。舞台美術賞をとった装置、その装置の後ろにスピーカーを置き、ドアの音、ドアを開けた時の街の音、水道の音などを流す。脚本もよくできていて、会話に出てくるものがきちんと関連していく。この脚本が大分で生まれたことを誇りに思う。ただ、演技は難しい。

 今年の中央演劇祭で、ぼくにとってはナンバーワンの舞台だった。舞台へのこだわりの度合いが一番感じたし、仕上がりもよかったからだ。ぼくは土田さんの講演が終わると、審査員の講評をきかずに会場を出た。ここに感想を書くつもりだったので、聴かない方がよいと思ったからだった。本当は、3氏がどう観たかはすごく興味があったのだけれど。結果をメールで知り、そうなのか、と、思った。ちなみに、ぼくの順位は三隈、東、鶴高だった。豊府は4位だった。

 舞台に順位をつけるのは難しい。ある審査員はある顧問の舞台は評価しない、とか、いう噂があったりすることもある。ぼくが審査員の一人に招かれたある県の大会でその「ある顧問の舞台」を最優秀に推した舞台がブロック大会でも上位に入った時、その「ある審査員」は「あんたの方が観る目があるのかも」とつぶやいた。違う。ぼくはぼくなりに脚本を読み、それがどう仕上がっているかを観て、一票を投じただけのこと。ただ、その一票を投じるのは、ユニクロでTシャツを選ぶのとは違う。車を買うほどの検討が内部で繰り返される。だって、高校生は一所懸命なのだから。

 高校生の舞台を8本観て、ぼくは沢山の元気をもらった。色々なことを教えられた。次の舞台に、いざ!

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中央演劇祭に行く~大分西高校~

 以前、全国大会に行った時、広島の舟入高校がその舞台に取り組んだ記録の冊子を見て、すごいと思った。舟入高校は顧問の先生が毎年原爆をテーマに脚本を書いていたが、生徒も色んな人の話を聞いたり、調べているのだった。その取り組みもすごいが、それをまとめて印刷して、冊子にしていることもすごい。

 大分西高校の舞台を観ながら、先輩のあれこれを「引き継ぐ」ことをすべきだと思った。各スタッフの取り組みと反省を記録しておいた方がいい。大分女子高校から西高校にかわるまでの前後の長い時間、大分の代表として活躍したのに、その遺産が微塵もない。これはもちろん、今の生徒の責任ではない。今年の参加校全てが考えなくてはいけないことではないか。

 「上演許可がおりなくて」急遽創作をしたということだが、その「上演許可」問題についてはぼくなりに聞き取りをしました。その辺については、総会で話して、大分の高校演劇が「引き継いで」いかなければいけないでしょう。

 かつての遺産はあった。それは元気。あれだけ元気が良ければ、後は「どうしても上演したい」脚本を見つけることだと思う。台詞を消す音響、ちぐはぐな照明、袖幕を揺らす出入り、今一歩の脚本。沢山の課題がはっきりしたのだから、次はそれを全部解決した舞台をみせて欲しい。

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森繁久弥の思い出

 おそらく2時間ドラマの走りだと思うが、『七人の軍隊』の主演が森繁さんだった。ぼくは仕事を始めてまだ一年になっていなかった。演出は『寅さん』をテレビで始めてつくった超ベテランの人だった。彼が、本番を撮って、「もう一回やりたい」とインカムで下に伝えた時、森繁さんがモニターを通してにらんだ。その一睨みで、「OK」にしたのだった。

 葉山でのロケ。短い距離の移動でも、森繁さんは運転手つきのベンツに乗った。共演者の一人藤岡琢也さんはワーゲンを自分で運転していたぼくは、そのドラマに出演した。七人の老人が戦うヤクザ役は東映から雇っていたが、足りないということで、急遽スタッフが駆り出されたのだ。その頃は黒くて長い髪をメイクさんがオールバックにして、サングラス。トラックの荷台に乗り、飛び降りる。その時、東映の強面の人の頭に肘が当たった。ぼくの肘も痛かったから、あの人も痛かっただろう。悪いことをしたというより、怖くてしきりに謝ったけれど、ニコニコしていたけれど。

 夏に放送ということで、撮影は冬なのに夏の服装。寒かった。寒くて仕方なかった。そして、トビー門口さんって名前だったか、彼がライフルを撃った時の指導をしてくれた。引き金を引くと、彼が銃口をグッと持ち上げる。それくらいの衝撃があるということだ。そしてぼくは窓から、襲ってくる老人たちを撃つというワンショット。オンエア時は、瞬きすれば見逃す程度だった。

 森繁さんは以前文化勲章だったかを受章したことがある。大衆芸能の分野での活躍が認められてのことだったと記憶する。ただ、大衆芸能を遥かに超えた存在だと思う。天才だと思う。ご冥福を祈ります。

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中央演劇祭に行く~大分鶴崎高校~

 月曜日から学校がインフルエンザで休校。帰ると、下の娘の学年がやはり同じ事態になっていた。そして、今日、うちの学校は木曜日までが一日延びた。どんよりとした天気に休校の学校は、なんとも奇妙な感触だ。

 昨年と同じ脚本だったが、今年の方が面白かった。父親と娘の恋人を女生徒が演じていたが、特に気になることはなかった。異性を演じるのは様々な困難が伴う。しかし、それは、演じる場合にはいつもあることで、どうやって演じるかが適切ならば問題はないことを教えてくれた舞台だった。キャスト全員が一年生というのが、来年を楽しみにさせる。頑張れ、鶴高!

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中央演劇祭に行く~大分豊府高校~

 脚本、演技、装置、音響、照明、どれも良かった。特に演技は今回の参加校の中では一番よかった。また、台詞に大分の言葉をつかっているのもいい。近年地域の言葉を使う傾向は高まっているようだ。昔、ある脚本を上演する学校の手伝いをしたことがある。その脚本は東北の言葉を使っていて、慣れない、わからない言葉よりも、いっそのこと大分の言葉にしよう、と、提案した。彼らはそうしたのだけれど、審査にいらっしゃった故宮本研氏に酒の席でそのことを話したら、叱られた。そんなことを思い出した。関係ないね。ごめん。

 ぼくも明確な答えをまだ出せていないのだけれど、グループエンカウンター(以下、GE)を使ったことはどうなのだろうか。柳井先生がGEの練習にと3人の生徒を呼び出した設定も気になる。 ぼくなら、呼び出した生徒は一人だけにする。そして、GEを表に出さないか、途中でGEを破綻させる。GEとはどんなものか、その紹介ではないと思うから。『コーラス・ライン』が作者の頭をかすめたかどうかはわからない。あれだけ酷な過去を語らせて、後、どうするのか、どうなるのかが気になった。柳井先生が過去の自分に向き合うことから、今は立ち直って生きているというのだろうか。ただ、一度に3人は無理があるから、二人は「助手」なのか、と、色々なことを考えさせられた。

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中央演劇祭に行く~東明高校~

 脚本を朗読するという形での参加。パンフのキャストには男子生徒の名前があるから、彼が出られなくなってということなのだろうか。朗読はけっこう練習の跡がうかがえるだけに、生徒たちも残念だったろう。

  東明高校の創作脚本は朗読は完結しないままで終わったけれど、上っ面だけの内容だった。もし、もう少し魅力的なものであれば、彼が参加できなくなっても、残りの人だけでも上演しようよ、と、なったかもしれない。

 朗読にも工夫があってもよかった。椅子に座っていて、読む時だけ立ちあがって読む、それだけでも少し変わったかもしれない。

 あるいは、書いたところだけ読んで、これからどうするという形で意見を言い合うのもいいかもしれない。即興でもいいんだ。

 東明の今度の問題はどこの学校でも起こるかもしれないこと。そうなったら、どうするだろうかと考えてみたほうがいいかもしれない。そして、そうならないためにはどうすればいいのか。

 

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中央演劇祭に行く~安心院高校~

 指導力不足教師を裁判員制度に絡めて描くのは面白いが、その線でととんやればよかったのに、結局主人公は「平均値の定理」になってしまったように思う。数学が不得手というか天敵のぼくにとっては、その定理がよく理解できなかった。

 それとこれは大きなお世話だろうが、鈴木君は、一度はあれとは違う線で演じたらどうだろうか。多様な役を経験するには3年間は短いけれど、違う役を演じることで、違う自分に出会えるように思う。

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中央演劇祭に行く~三重総合高校~

 高校生の舞台の持ち味が溢れていた。一つは元気。もう一つは遊び。縦横無尽に作り上げた舞台。

 ところが高校生創作の甘さも溢れている。「レミング」がそれ。それは芝居を完結するキーワードなのに、無造作に提出される。そして、いつも思うことだけれど、それで解決できるのだろうか?

 大会のために選んだテーマなら、深刻な問題だからこそ、全員で調べるとか、学校の教育相談の先生にきくとかしてもいいんじゃないだろうか。公園ではなく、家の縁側にして、ホームレスではなくじいちゃん、ばあちゃんにした方が、解決の糸口には近いような気がする。

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中央演劇祭に行く~大分東高校~

 舞鶴で演劇同好会を2年。その時は予算も稽古場もなく、演劇祭前は生徒昇降口前で通していた。時期的に、5時には暗くなり、アコードエアロデッキのライトを照らして、そこでやった。一回通して、明日までの宿題を出して、ぼくは55キロを帰った。ただ、その後、外灯の下で稽古していたとかいう話もあるが、彼らの口からきいたことはない。大分東の生徒は、ラグビー部のグランドの横で稽古してきたらしい。その難しさ、だからこそ情熱もわかる。

 いい舞台だった。脚本がいい。ぼく達の日常とはあのようなもので、それぞれの背後の重さを明かさないまま、どーでもいいようなことを話している。沈黙も生きていた。そういう中から、切ない部分を感じた。ぼくはあの舞台に想像力をかきたてられ、参加してたのではないかと思う。石川遼子の生活も、新潟に転校して、ちょっとだけ帰ってきた理由も、ぼくなりに理解できた。竹中が進学したのが青森にしたのも、フムと思う。肝心なことは何も書かないことで、ぼくは参加できた。

 最後に大黒を全開にしてほしかったが、ちょっとした理由でできなかったようだ。タイトルももうひとひねり欲しかった。ザ・高校演劇、これぞ高校演劇、と、ぼくは思った。そういう舞台に最初に触れることができた幸せ。インフルエンザで学年閉鎖(だったか?)の中、校長に直訴して出場までこぎつけたらしい。そこまでする価値はあった。その舞台には生身の高校生の息遣いがあったからだ。ぼくにとっては初日ナンバーワンの舞台だった。

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中央演劇祭に行く~はじめに~

 金曜日、仕事から帰って、犬とメダカに食事を与え、安物のナップザックに着替えとカメラと本を詰め込んで、出発した。そして、今日、土田英生さんの講演を聴いて、上演の講評を聴かずに、芸術会館を後にした。ここでぼくなりの感想を書くのに、審査員の3氏の意見を聴いてはいけないと思ったからだ。さきほど、携帯メールに審査結果が知らされた。九州大会の県代表には大分豊府高校に決まったようだ。ほう、と、思った。これからしばらく、上演校の一つ一つ舞台に、ぼくなりの感想を書いていきたい。

 大会期間中は天気がよく、芸館の外で色々と話すにはいい環境だった。楽屋口からも、正面玄関からも、色を変えていく木々がうっとりさせてくれた。

 今年の審査員は良かった。昨年までが悪いとは言わないけれど、組み合わせの妙もある。土田英生さんは、おっと、これは最後にしよう。

 審査員諸氏の判断とは異なるけれど、一人の観客として観て、考えたことを述べてみたい。

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こたつ

 そうか、ゆきさんの家では炬燵を出しましたか。

 ぼくの家でもその論議はあります。炬燵でゴロンとするのはいいですよね。若い頃は、友達と飲んではゴロンの連続でした。でも、眠るのはふとんが断然いい。だから、ぼくの家のテレビ前に炬燵を出すのは反対なのです。テレビも明かりも炬燵もつけっぱなしっていう光景はみたくないから。ストーブはそんなことはない。

 ただ、石油は衣類や建材やらが作れる。それを燃やしてしまうのはどうかなァとは思います。寒い時には、まず重ね着でしょうね。

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ストーブを出す

 冷えてきましたね。今朝は5時半に犬と散歩に出ましたが、た歩くのではなく、少し運動量を増やさして体をあっためようとしました。

 み~けさんの日田では佐伯以上でしょうね。ぼくは玖珠が最初の勤務地で、4年住んでいました。最初の年、入学式の日に雪が降った時、とんでもない所に来たと思いました。ただ、玖珠はどこに行くにも温泉があり、車のトランクには風呂セットを用意していたものです。独身連中とのワイワイもあり、今でも好きな玖珠です。玖珠から大分の学校にかわり、以前玖珠に住んでいた先輩教師は「冬は部屋の中でもタオルが凍っていたんじゃ」と。ぼくの頃はそんなことはなかったけれど、雪で休校になったことはあります。

 10月半ばだったか、仕事から帰ると、玄関に柿の葉が一枚。家の前の土地の木から運ばれたものですが、秋の便りに思え、バッグからカメラを出し、撮りました。最近は便りが多く、処理という労働になった。山はまだ色づいてはいない。

 寒くなりました。皆さん、元気で!

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瀬尾まいこ『図書館の神様』を読む

 中学の国語の講師が主人公。何か大きなことが起こる訳ではない。妻子持ちのケーキ職人との不倫と別れも痛切ではない。ただ、文芸部のただ一人の部員垣内君が素晴らしく、いい風を吹かす。この生徒を書きたいための小説ではないかと思ってしまう。そして弟もいい。何にもとらわれず、自由で、自由が故の直球発言。主人公は、採用試験に受かり、新しい土地で教師生活に向かう。何もないけれど、その何もないささやかな物語は気持ちがいい。

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向田邦子『冬の運動会』を読む

 よくできている脚本は、読んでいて人物が浮かびあがる。向田邦子の脚本をはじめて読んで、その腕力に感動と驚きを覚えた。感受性に富み、よく寝られている。っして、人に対する視線の何と優しいことか。

 巻末の和田勉、丹波哲郎との話しも面白い。岩波現代文庫はいい作家を取り上げた。

 

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雨あがりの風呂あがり

 NHKの『坂の上の雲』の放映が待ち遠しい。

 今日は一日中雨で、主夫をしていたアレコレであった。

 さきほど風呂から出てウッドデッキでタバコを吸うと、ちょっと膨らんだ月と大きな雲とそのバックには星空。『坂の上の雲』はこういうものではないか。未来を見通せる部分とそれを邪魔する部分。

 司馬遼太郎は「小説はマヨネーズを作るほど難しくない」みたいなことを言っている。司馬の作品は小説ではない。伝記。彼は調べに調べ、それを並び変えて書いただけなのだ。ただ、それは誰にもできないだろう。だから司馬は偉大なのだ。

 ああ、雲が動く。

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