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光る海~遠藤周作文学館

 犬と散歩をしてる間に洗濯機を回し、帰ってから干して、それからメダカの水を汲みに野津と本匠の境まで走る。どんどん枝を伸ばしてくる庭木(庭と呼ぶのは恥ずかしい間違いだけれど)をチョンチョンt切る。車の点検のハガキが来ていたので行くが、まだ時間が早いので、髪を切る。高校時代通っていた床屋は、息子が加わり、その奥さんがヒゲを剃り、髪を洗う。奥さんはまだ慣れていないので、ヒゲ剃りに時間をかけてくれる。そのぎこちない誠実さがいい。そして、髪を洗う時のか細い指で触ってくれる、その感触が実に気持ちいい。久しぶりに「女らしさ」みたいなものを感じて感動。そして点検に行く。ここの女性スタッフの一人はスラリとしたスタイルでにこやかに応対してくれる。オアシス。点検が終わって、帰る時、明日じゃなく、今からにしようと思った。

 家に帰ると「何も予定がなければ、これから長崎に行くけど、いいかな?」に、「私も行く」というから「子どもがいるんだから」。「じゃあ、子どもたちを誘って」というので、誘うと「行ってらっしゃい」。それで一人で行こうとしていると、上の娘が「行く!」と走って来た。すると母親も押さえられなくなり、下の娘を説得。一人だけおいていくわけにはいかない。しぶしぶながら乗った。

 遠藤周作を彼女達が知ってるわけもないし、今後興味を持つ可能性も少ない。そこだけを目的に片道ほぼ320キロを走って、帰るのにつきあわせるのは申し訳ない、そういう思いがあった。でも、結局、走って、帰った。『怪物くん』の時間に間にあうように。

 遠藤周作にはまっていた時期がある。大学初期。昨年は、彼の戯曲を全部読んだ。ぼくには文学館の情報は物足りなかった。ただ、ロケーションが素晴らしい。一人で行っていたら、夕日をみるまで待ったかもしれない。

 帰りは「人名しりとり」を始め、長崎・佐賀・福岡・大分まで続いた。『怪物くん』にも十分間に合った。

 次は、もし一泊できれば松本清張と中原中也、かねこみすずを一気に。

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550分の6

 オランダの(だったか)衛生研究所(だったか)が、酒を全く飲まない人は、ほどほどに飲む人に比べて、糖尿病になり確率が40パーセントほど高いと発表したらしい。これは飲まなイカンとぼくは爽快に思ったけれど、ちょっと待てよ、糖尿病にならないために飲む酒に何の意味があるというのだ。それに、糖尿病の原因となるものを見極めて考えないと、と、思ったのだった。

 久しぶりに本屋を歩いた。英語関係の本を7冊買い込んだ。普通は本の情報を手に入れ、なじみの本屋に注文するのだけれど、時々本屋に行くと、情報にひっかかからないものがある。だから時々は行かないといけない。

 文芸雑誌のコーナーに『小説新潮』があり、「追悼井上ひさし」の文字が表紙にあった。パラパラとめくると角野卓造と『吉里吉里人』の編集担当者の6ページ。つまり550ページの冊子でごくごくすこーし。でも角野の文は読んでみたいので買った。今後、しばらく各雑誌で追悼号は出るだろうが、一応読んでおきたい。今回、角野の文を読んで、ひさしが自分の芝居を観るのに、当日券の列に並んでいたとかのエピソードは触れて嬉しい。

 ささやかな情報が飛び交う。それを見逃さず、コツコツと貯めていくと、結構、「ホウ!」というような塊になっていたりする。だから、老いていくことは楽しくて仕方ねえや。

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ミーとK

 我が家に時折やってきては食い物をねだる猫がここ一カ月全く姿を見せない。どこか住み心地のいい場所をみつけたとは思えない。いつも生傷の絶えない猫だったし、食い物を得るまではミャーミャーとうるさいくらいだったから、おお可愛いと手を差し伸べる人がいるとは思えないのだ。たっぷりあげたつもりでも、まだねだるのでうちの犬の残りをあげたら、それもペロリ。だから、ミーが来なくなって、犬の残りはスズメに少しだけ片づけてもらっている。猫を呼ぶときのように「チッチ」と舌を鳴らすと、来るのだな。一粒を二羽で口移しのように食べている姿はほほえましい。最近、少し増えてきた。ウ~ン、続けるべきか、・・・。

 今朝もスズメを眺めなて、ミーのことを考えていたら、Kのことを思い出した。きれいな女性で、野外劇で胸をみせることもいとわなかった。芝居の打ち上げに何故か参加して、寝っ転がって、頭をぼくの太ももにヒョイとのせたりした。その後しばらくして、状況劇場の公演にはドテラを来て観に来てた姿を見たのが最後だった。上京してある劇団に入ったという噂をきいたが、わからない。

 ピンクレディの話でなくてゴメンナサイ。

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白い背中、白い紙

 硬式野球の応援に行った。最近津久見高校の軟式野球部は九州トップを守っている。公式戦では負けなしなのだ。そして長年低迷していた硬式の方も昨年の甲子園予選ではベスト4まで進み、津久見市民は期待を高めている。しかし、今日の試合は、別府修行に負けた。勝てる要素がなかったように思う。試合前のノックでも捕球できなかったり、送球をポロリと落としたり、これで勝てるんかいなと思ったが、やはり。

 別商のスタンドにはベンチn入れない部員が5人くらい。津久見ははるかに多い。ぼくは、彼らと、保護者応援団の中間に座り、試合を見た。ぼくの前には背番号のないユニフォームの部員が声をあげ、それに合わせて身体を動かし、あるいはメガフォンを叩く。背番号をつけてグランドでプレイする生徒たちより、むしろ白い背中のあれやこれやの方に興味がある。かつて大分女子の演劇部顧問は、選手にhなれず応援になった野球部員の脚本を書きたいと言った。「しかし、女子高だから」。今なら書ける。是非観たい。

 その後、「ばんぢろ」に行った。すぐに見つかるだろうと思っていたが、ちょっと入り込むため、見落として、時間がかかった。そこで、犬飼の「めぶき園」の美術作品を公開していて、それを見るのが目的。普通の住居を使っているので、玄関で靴を脱ぐ。どこまで計算していたのかわからないが、靴を脱ぐのは実に効果的。靴をはいたままだと、眺めて、フムフム、それで帰って、行ったという事実だけしか残らなかったかもしれない。でも、今、ぼくの頭の中にはいくつかの作品が明瞭に残っているし、普段はしないことだけれど、マスターに話しかけ、ちょっとの間言葉を交わし、彼の話し方も、ヒゲの様子も高画素の映像で残っている。

 ぼくは、美術作品から、勇気をもらった。彼らの作品は「上手に」という意識より、「こうしたい」という気持ちが前面に現れていて、だからこそ、こちらにスーッと入り込んでくる強さがあった。表現とは、こういうものではないだろうか。昔、まだ中学か高校の頃、試験で早く帰っていたからか、それとも休んでいたからなのか、昼のドラマで、失恋した水商売の女性が、知り合いの書道の女性の部屋で「女」という文字を書き、知り合いの書道家はそれを作品として出し、最終選考まで残る、それを思い出した。肝心なことはあふれる思い。

 「ばんぢろ」での作品展は明日まで。ぼくが一番好きな作品は「魚と鳥」。是非行ってみて下さい。

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ひとりぼっちと孤独

 今給黎(いまきいれ)教子さんの『風になった私』を読んだ。ヨットで無寄港で世界一周した記録。ヨットに関するあれこれの描写のところはすっ飛ばして、2時間ほどで読んだ。もし、ぼくが彼女の知り合いなら、一字一句に注意して、それこそ舐めるように読むだろう。tだ、今回は、ひとりでいることを考えるための参考書なので、彼女が自分に向かいあう部分を中心に読んだ。

 ぼくは、孤独を経験することは大切だと考えている。孤独は受信も発信もない状態と一応定義。そういう時、それまで何とも思っていなかったことが、大きな意味や価値を帯びてくることがある。ぼくの先輩がある事件で留置された時、とにかく字の多い本を読みたいと申し出たら、英和辞典を貸してくれたときいた。今給黎さんも、航海んの後半になると読書の記述が増え、中には平将門とかもあり、陸地での日常なら読んだかナと思った。もっとも、彼女は無線で母親や友人と通じていたから、孤独ではあく、ひとりぼっちだった。ただ、それでも、彼女は救世主は現れないのだから、「自分の心を変えていくしかない」と述べている。

 ひとりぼっち、孤独、まァどちらでもいいけれど、私が私をみつめる時間、そしてそこで私でいることにYESを導き出すことは必要だと思う。

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公演に向けて(4)

 脚本は、ほぼ骨格ができた。骨格から書くのは初めて。今までは、場所と登場人物を決めたら、勝手に喋って、勝手に動いて、ぼくはそれを書きとめるだけだった。ところが今回は骨格を考えた。何か、作家みたいだな。

 今日も昼食を取りながら、ノートに書いた。だから、箸を使わなくていい昼食だ。ほとんど走り書きなので、自分で読み返した時に何て書いてあるのかわからない時もある。それを夜、あるいは朝、パソコンで清書する。

 骨格をつくったせいか、ちょっと歯の浮くような台詞が、以前は入れ歯になることを恐れて、削除したものだが、今回はそれをしない。もっとも、sれが骨格のあるせいなのか、それとも単にボケてきたからなのかは判然としない。

 一つだけ言えることは、今までの脚本とは全く違うテイスト(笑っちゃうな、こんな言葉使うなんて)になるということだ。ぼく自身が上演が楽しみでならない。うん。

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人生の大事業

 この春は亡くなる人が多い。さきほど通夜から帰ってきたところで、この春で7件目。こうも続くと、何かあるんではないかと考える人が出てくる。ぼくはあまりそういうことは考えないんだけれど、何かあるのかな。

 帰り道、つい最近読んだフレーズで「死ぬという人生の大事業をやった」というのが思い出され、はて、何の本だったかと考えるが、思い出せない。思い出せないまま、そういう考え方もいいナと思った。別れは、どんな局面でも、切ないけれど、大事業を成し遂げたと考えれば、餞になるかもしれない。

 つい最近読んだものを忘れるぼくも、そろそろ大事業を念頭に、新しい一日を迎えた方がいいのかもしれない。ウダウダとした部分が多すぎるんだよな。ともかく、悔いを生まない毎日にはしたい。うん。

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運動会狂騒曲

 昨日は夕方テントを張りに行き、今日はぼくの職場がPTAで、そちらに行き、係りの仕事が終わると休みをとって、中学校に。近くの河川敷に車を止めて、テクテクと歩き、着いた時は午前の部が終わる頃。昼食の後、子どもの競技中の写真を撮り、終われば、テントの解体と地区の倉庫への収納。帰れば、母親方の祖父母に写真を選んでプリントしてから見送り、そして、ようやっと、ピリオドのビール。明日は今日の振替で休みなのだ。

 やはり、小学校の運動会が一番面白い。何より一所懸命さが見えて、中学、高校とあがるにつれて、ダラケてくる。『ソーラン節』は全国の学校で結構流行っている集団演技だけれど、手足の動きは上の学校にあがるにつれて、伸びがなくなってくる。爪の先までピンと伸びるからこそ、動きにキレが出て、美しくなると思うのだが。

 いわゆる「かけっこ」もチンタラが増えてくる。3年生のかけっこ(中学は100m走という名称だけれど)の時だったか、近くで見ているぼくより年配の男性が「やる気があるんか」と少し荒げた声でつぶやいた。速い、遅いではなく、とにかく一所懸命になるからこそではないかと思う。

 路上や私有地にとめてある車を移動して下さいと何度も放送があった。数回あってからは「警察から注意がきています」というのが付け加えられた。毎年のことなのだ。警察は違法駐車にはキップを切ればいいのだ、と、河川敷にとめてテクテク歩いたぼくは思う。一回やれば、次回からはなくなるかもしれない。

 今年の運動会で一番よかったのは、校長が終わりの挨拶の後、分団の代表のところに行き、握手してねぎらったこと。そして、実行委員が前に出て、一人ずつ一言感想を述べたこと。それは、興味のない人にはどーでもいいことかもしれないけれど、人前で何かを言う機会は多いほどいい。そういう場数は沢山踏んだ方がいいと思う。

 高校に入れば、もう運動会(高校は「体育祭」。祭がつくから空虚なワイワイで終わってしまうのかナ)を見に行くことはないだろう。あれこれからの解放は歓迎だけれど、寂しさも少しある。あと2回。残り少なくなった毛髪をみるような・・・。

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手錠をかけられたような、脱走犯になったような

 最近の高校生は腕時計を持たない。携帯に時計があるからだ。校内では使用禁止の学校が多いが、教室には時計があるし、チャイムがあるので、不都合はないようだ。ぼくは授業をする時、腕時計は不可欠。外して、教卓に置いて、時間を見ながら進める。教室の時計は正確でないことが多いし、いちいち後ろを振り向くのも面倒だ。授業が終わると、それを腕につけて、帰る。そして自分の机に戻って、外す。ところが、外れなくなった。

 外れなくなると、急に腕時計がきつくなる。映画やテレビで、脱走した人間が懸命に手錠を外そうとするシーンを思い出した。どうにかしようとすればするほど、腕に絡まってくるようなじれったさにますます焦ってくる。機械科に行って、切ってもらおうと思った。時計がどうんってもいいとさえ思えてきた。しかし、時計の根元(時刻を表示する部分)にベルト(金属製のものでもベルトでいいのか。ちょっと違和感がある)をとめているであろうネジが上下にある。帰って、眼鏡用のドライバーで外せばいい、と、思った。

 勤務時間が終わると学校を飛び出し、家に帰ると、ドライバーを探した。いつもは邪魔なくらいに目につくのに、こういう時に限って見つからない。ようやっと見つけて、外そうとする。しかし、回せど回せど、変化はない。ドライバーの頭に人差し指を当て、親指と中指と薬指で軸を押さえて回すのだが、親指の付け根辺りが痛くなるのだ。堂が寺にも、寺が堂にもなりはせぬ。

 で、まだ、外れていない。外れない腕時計はますます手錠のように、そしてぼくは脱走犯のように思えてくる。他のことをしていれば、気にはならないのだけれど、気になりだすと、もう脅迫してくるほどだ。はて。

 もし、ぼくに手錠がかけられ、スキを見て逃げ出したら、外すことより、より遠くに逃げることに専念した方がよさそうだ。

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リハビリ感覚

 もしもお鳴楽(開高健はこう表記していた)に色がついていたら、と、思うことがある。食べたものでその色が違えば、会話も違ったものになるかもしれない。

「あいつ、また昨夜も肉食ったんだ」

「ダイエットしてるとか言いながら、あの色はスイーツじゃないの」

「あの色は豚骨系のインスタントラーメンだな」

 そして、研究が進むと、虹色が出る食べ合わせとかを宣伝文句にした食品がテレビで流されるようになる。

 こんなバカなことを考えるのは、現在脚本を考えている中で、たとえば信じられないような食べ物を食べる人とか、奇妙な好みとか癖、そういうものばかり頭の中で捻り出そうとしているからだと思う。

 もう2年脚本を書いていない。ほとんど毎日考えてはいるのだが、メモ程度の走り書きのような形のまま、一本に仕上がらない。そういうことをしていると、劇場から離れてしまう。劇場から離れて芝居を考えても、登場人物は動き出さない。以前は、登場人物が勝手に動いて、喋って、ぼくはそれを書きとめるような感じだったが、それがない。最近はいつもノートを持ち歩いては、書き留め、考え、脳細胞の7割は芝居色に染まっている。今、少しずつ、あう感覚、懐かしい感覚がよみがえりつつある。脚本が仕上がって、公演日程を考えることにしているが、鳩山首相の5月決着みたいな自分なりのタイムリミットはあるのだ。考えて、考えて、天啓を待つのみ。

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ある演劇人との2時間

 居酒屋で話した。先に書いたように、アルコールの日に当たらないので、例外をつくるのはやめようと思い、車で出かけた。

 表現というのは生きる上でのあぶく玉ではないかと、いつごろからか思いはじめていた。だから、高校演劇経験者が、卒業後演劇の方に行かないのではないか。彼らは自分の日常と接する部分がない舞台をつくるか、あるいは舞台を経験をするが、演劇を経験していないのだ。忸怩たるものがあるが。

 彼の話を聴きながら、芝居よりも面白い人生だと思った。人生の醍醐味は、ああいいな、と、思えるような人に出会うことかもしれない。2時間の内容をほぼおぼえているのは、珍しい。酒を飲まなくてよかったと思う。

 最近、あっちこっち車で走った。落語を聴きながら、山奥、海辺を走った。そろそろ人のいるところに行くか。

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ノンアルコール、ノースモーキング

 3日、アルコールを退けた。すると、眠りが深く、夢が濃厚になった。これから、金土以外はアルコールと無縁な生活にしようと思う。画期的なことだ!

 秋にはタバコも値上がり。それまでにはタバコと無縁な生活、つまり無煙の生活にしたい。現在5本減らした程度だけれど。

 たとえばピアノコンクールで優勝したンントカさんやスケートでメダルを取ったカントカさんも、その練習量たるや凄まじいものがある。プロにしろアマにしろ、トップの人はかなりのこだわりと、それだけの練習量がある。ぼくがあとどれくらい舞台を踏めるかわからないが、その一つ一つにこだわりと、それだけの取り組みができるようにしたい。死体になる前にしたい。だからこそ生まれるものがある、と、信じて。

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