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白い背中、白い紙

 硬式野球の応援に行った。最近津久見高校の軟式野球部は九州トップを守っている。公式戦では負けなしなのだ。そして長年低迷していた硬式の方も昨年の甲子園予選ではベスト4まで進み、津久見市民は期待を高めている。しかし、今日の試合は、別府修行に負けた。勝てる要素がなかったように思う。試合前のノックでも捕球できなかったり、送球をポロリと落としたり、これで勝てるんかいなと思ったが、やはり。

 別商のスタンドにはベンチn入れない部員が5人くらい。津久見ははるかに多い。ぼくは、彼らと、保護者応援団の中間に座り、試合を見た。ぼくの前には背番号のないユニフォームの部員が声をあげ、それに合わせて身体を動かし、あるいはメガフォンを叩く。背番号をつけてグランドでプレイする生徒たちより、むしろ白い背中のあれやこれやの方に興味がある。かつて大分女子の演劇部顧問は、選手にhなれず応援になった野球部員の脚本を書きたいと言った。「しかし、女子高だから」。今なら書ける。是非観たい。

 その後、「ばんぢろ」に行った。すぐに見つかるだろうと思っていたが、ちょっと入り込むため、見落として、時間がかかった。そこで、犬飼の「めぶき園」の美術作品を公開していて、それを見るのが目的。普通の住居を使っているので、玄関で靴を脱ぐ。どこまで計算していたのかわからないが、靴を脱ぐのは実に効果的。靴をはいたままだと、眺めて、フムフム、それで帰って、行ったという事実だけしか残らなかったかもしれない。でも、今、ぼくの頭の中にはいくつかの作品が明瞭に残っているし、普段はしないことだけれど、マスターに話しかけ、ちょっとの間言葉を交わし、彼の話し方も、ヒゲの様子も高画素の映像で残っている。

 ぼくは、美術作品から、勇気をもらった。彼らの作品は「上手に」という意識より、「こうしたい」という気持ちが前面に現れていて、だからこそ、こちらにスーッと入り込んでくる強さがあった。表現とは、こういうものではないだろうか。昔、まだ中学か高校の頃、試験で早く帰っていたからか、それとも休んでいたからなのか、昼のドラマで、失恋した水商売の女性が、知り合いの書道の女性の部屋で「女」という文字を書き、知り合いの書道家はそれを作品として出し、最終選考まで残る、それを思い出した。肝心なことはあふれる思い。

 「ばんぢろ」での作品展は明日まで。ぼくが一番好きな作品は「魚と鳥」。是非行ってみて下さい。

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コメント

めぶき園の絵画展に来て下さり有り難うございます。
今回の絵画展で僕は、たずさわる者として、本当に多くの事を学びました。

すこしカタイ事を書きますが

脚本や音楽に著作権があるように、彼らの作品にも著作権あるってことを、そういう視点を、強烈に学びました。
ほのぼのとした、あたたかい喫茶店に同化したような彼らの作品を見ながら、カウンター席の方から聞こえます。
それは、ごくごく当たり前に、ひとつの美術作品としてお客さんに紹介してくれているマスターの声です。
感謝しています。

これからも精進します。


投稿: めぶき園・木下祐市 | 2010年5月22日 (土) 23時22分

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