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軟式野球九州大会の応援に行く

 試合は12時50分開始なのだが、8時前に出た。鳥栖のアウトレットに行ってみたかったからだ。目的は時計。以前プロトレックを演劇の九州大会で紛失した。その後ソーラーの電波時計を使っていたが、針よりデジタル表示の方が見やすいので、G-Shockにした。ところが、それが、以前書いたように、外れなくなって、結局バンドをペンチで壊した。プロトレックは高度や温度、気圧などが表示されるので、そのソーラー電波を買いたかったのだ。丁度10時に到着。セイコー、シチズンを回った。シチズンに面白いのがあったが、やはり針が見にくい。それでカシオ。一つ前のタイプが4割ほど安いので、それを求め、早速腕にはめて、桧原運動公園野球場に。

 硬式に比べると軟式は目だたない。鶴岡高校の軟式も10年ほど前に硬式に変わった。軟式のある学校は少ない。だから、九州大会も4校での準決勝、決勝の3試合。優勝した学校が明石での全国大会に出場できる。

 暑かった。今でも陽に当たったところがヒリヒリする。1対1のまま、延長15回で、明日再試合。明日はブラスのサマーコンサートで行けないが、勝てば、月曜の決勝は行かないと。決勝は小郡らしいので、ちょっと近い。ぼくは明石まで応援に行くことまで考えているのだけれど、頑張って欲しい。

 往く人は短パン、半袖シャツはやめた方がいいでしょう。つばの広い帽子もお忘れなく。軟式野球も応援して下さい。

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生きるってことは変化するってことか

 子どもの頃は苦瓜がダメだった。端っこをごま粒大に嚙切って舌にのせただけで爆発する苦味。ところが、オトナになったある日、おいしく食べている自分に気付いた。口中に広がる苦味を楽しめるようになっていた。突然の変異。

 味覚が変わる。それが身体が求めているからなのか、生活環境にあわせているのかはわからない。ただ、そういう変化は面白い。

 舌だけではない。目も耳も変わる。よく聴いていた音楽に急に興味を失うといったような。

 ぼくはスーツは黒のみ。昔はグレイを持っていたこともあるが、今は黒。身につけるものは黒と決めている。だから、スーツの上下を間違うことが多い。

 最近黒い車をみると、反感を覚える。デカイ黒の車なら、反感は覚えない。でも、小さい車の黒はダメ。過剰な感じがする。

 そんな些細な変化を楽しむってもいい。

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井上ひさし『[組曲虐殺』を読む

 腰巻に「最期の傑作戯曲」とある。最期も傑作も本当。

 小林多喜二の評伝劇。プロレタリア文学の背後に弾圧、拷問、獄死といったものを感じ、避けてきた。ひさしの作品でも、警察との追っかけっこで進行、多喜二の最期の様子が登場人物を通して語られ、それはひどいものだが、芝居自体は追っかけっこの中で描かれる多喜二は実に魅力的だ。そして、相変わらずひさしの趣向は面白い。笑わせてくれる。

 たぶん、ひさしの戯曲は全部読んでいるはずだ。『ブンtフン』から『組曲虐殺』までほぼ40年。ひさしは確かにぼくの成分になっている。もう文学雑誌の広告に注意して、新作の掲載を見逃さない努力も要らない。そう考えると脱力感。ようyっと戯曲を少しだけ読めるようになったような感じがしてきただけに、残念。エノケンの浅草時代の資料が競売に出され、ひさしが落札したという噂があるらしいが、次はエノケンか、と、はて誰が演じるのか、と、楽しみにしてたのだが。終わりはいつかくる。それが今でなくてもいいのに。

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サザンで好きな歌、あえて3曲

① 『いなせなロコモーション』

  満足いけるようには歌えないけれど、カラオケでは必ず歌う。桑田の音楽センスと遊び心が満載の歌だと思う。

② 『Oh! Cloudia』

 「Nude Man」がぼくは一番好きなアルバム。その中から、ウーン、これか。

③ 『栞のテーマ』

 3曲に限定したら、苦しい。

 大学6年目にサザンはテレビに出た。TBSのベストテンでパジャマでやったことはおぼえている。あれから、30年、最前線だった。桑田の音楽へのひたむきさと遊び心が好きなんです。食道がんということで、ソリャ齢を重ねれば一部ガタもくるよ。焦らず、じっくり。生まれ変わった木の葉のようになって。待つから。  

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ブラスバンドコンクールに行く

 全部は聴けないけれど、うちの娘たちの学校(ぼくの母校でもあるので、以下母校)だけ聴いても比べようがないので、数校は聴きたいと思い、早く出た。母校は1年生部員が例年になく多く入ったものの、楽器ビギナーなので演奏には参加できない。ステージに立つのは20名くらい。少ない。だから50名程の編成バンドを聴いていると、確かに迫力はあり、こりゃあ不利だナと思っていた。近くのどこかの母親達も同じことを考えていたらしく、人数も少なく、楽器も古くて良くないのに、とかいう会話が聞こえた。

 しかし、人数が少ないといいこともある。一人が精いっぱいになる。力を抜けない。それを母校の演奏に感じた。自由曲の選曲も良かった。50人に負けなかった20人。欲目もあるかもしれない。結果は、銀賞。昨年が銅賞。帰ってきた娘は素直に歓んでいた。娘の歓びは親にとっては、歓びに感動が加わり、倍化する。

 さて、ぼくの芝居だけれど、あれこれ考えているうちに、A-CHA-RA-KAは10人程度の役者が必要だと思うようになった。詳しい内容は書けないけれど、たとえば「最後の晩餐」を絡めようとすれば、ということ。現在可能な役者は3人。この3人では明らかに不可能。

 最後のオリジナル脚本を次にし、それと別の脚本で重なる部分で書くことにした。だから最後から二番目のオリジナルになる。仮題だけれど、「こわれるの五段活用」。急いで書かないと。

 何人だろうと、一つ一つ、一人一人を明確に浮かびあがらせたい。

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朝の海とモーツアルト

芸術とは作者が意識して生み出せるものではない。その逆だ。それは作者を操り、作品としてこの世に生まれる。作者は奴隷なのだ。 東野圭吾『プラチナデータ』

朝いつもより早く出て海岸沿いを走って職場に向かった。落語が一段落して、最近はジャズとクラッシックをよく聴いている。今朝はモーツアルトの『フィガロの結婚』。黄金のマントを羽織った朝が海原を踏みしだいてくるのを横目で眺めながらのモーツアルトはなかなかいい。元気が出る。kれはめっけもんだ。

 さて、冒頭に東野圭吾の新作の一節を引用したのは、ぼくが考えていたことと似ているからだ。ミューゼよ我に語らせたまえ、と、西洋の古の詩人はそういってから、作品に取りかかったとかいう話を聞いたことがあるが、詩人は作品と読者をつなぐ存在、と、考えていいのだろうか。芸術家に必要な資質の一つは感受性だと思う。感受性ってのはアンテナで、何を受信することができるアンテナかどうかで、彼とか彼女の仕事内容が決まってくる。mちろん、受信したものを構成する能力も要る。それが知性。感受性と知性のバランスによって、作品の質が決まってくる。

 まあ、そんな屁理屈を考えていて、一番性能nいいアンテナを持っていたんがモーツアルト、と、漠然と考えていた。ほとんど聴いたことがないくせに、だ。そして、今朝、それは間違っていないように思えた。ぼくのアンテナはポケットラジオ並みのものだろうが、モーツアルトのそれはアメリカかどこかの超巨大なパラボナアンテナ。

 モーツアルトを流すと牛のミルクの出がいいとか、野菜がよく育つとか、なんだかわかるような気もしてくる。この夏はもうちょっとモーツアルトに深入りしてみようか・・・?

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桑田真澄「野球を好きになる七つの道」が教えること

>その幸せとは、生徒も教師も保護者も地域の人も、みんが支えあい、歓びを共有できるということだと教えてくれる。

先生のところの現場は、そんな雰囲気はないのでしょうか。
こんな感想を書き綴っているところを見ると
今の学校は、先生自身が幸せだと感じるものが
ない(ないが言いすぎだとしたら、少ない?)のかなぁと、気になってしまいました。

 『野球部員、演劇の舞台に立つ!』の感想を書いた時に、寄せられたコメント。ぼくの現場にそういう雰囲気がないことはない。ただ、前掲書にあったようなものは全国でも珍しいと思う。打てば、響き、その響きが生徒の背中を押す。コメントを寄せた「みなみ」さんが西日本短大付属高校の関係者かどうかはわからないけれど、書かれなかったこともあるはずだから、あれが100パーセントだとは思わないものの、何も知らない一読者はそれをそのまま受け止め、感動したという訳なのです。感動は誇張を生む。

 昨日の朝日新聞朝刊に桑田真澄の「野球を好きになる七つの道」が掲載された。これがウンウンの連続で、西日本短大付属の野球部監督の考えに通じていて、その通り!と合点した。

 ここで今は昔の演劇部顧問時代のこと。隣の豊南高校が大会前には10時くらいまで練習していた(本当かどうかは知らない、と、一応)ということを聴いて驚いた。鶴岡高校は6時頃には終わっていたからだ。一回通して、感想と宿題を与えておしまい。遅くまでやって、個人の時間で考える余地はないと思う。ぼく自身、「せんせいしよん」で一回の通しでクタクタになり、2回なんてとんでもないことを経験していた。それより、一回の通し稽古に集中して、指摘されたことを自分なりに考えて、新しいことを翌日の通しで試す方がいいとぼくは考えたし、今も同じ。そして大会が終われば、たくさんの小説や映画に接するために、活動を縮小した。ここで桑田野球とつながってくるんだけれど、演劇も野球もチームプレイ。でも、個人の部分があってこそ、なのだ。ぼくは桑田の文(正確には聴き取りだけれど)を野球だけでなく演劇、全ての活動に通じるものがあると思った。

 野球が楽しいから成長につながる。成長。西日本短大付属高校野球部監督の視点と重なってくる。演劇部顧問の要請に監督は「いいですよ。彼らに違った世界に触れることが必要だと思っていますから」。監督は野球人間に仕立てあげることではなく、野球が好きで、野球ができる人間を育てることが大切だと考えている。こういうことは普通はできない。監督がそう思っても、外野席から「何つまんねえことしてんだ!」と、甲子園優勝だけを考えている人は許さないからだ。

 もうちょっと長い目で野球をやっている生徒を見守り、育ててあげましょうよ。

 

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赤ペンと付箋

 昔は本を読んでいて、これはと思う部分に赤線を引いていた。至るところに赤線を引いた本も数冊。そこまで引いてしまうと赤線の意味がない。それをやめたのは、その本を誰かに貸して、見られてしまうのはやめた方がいいのでは、と、思ったから。

 次に、ぼくは紙を細く切り、それを持ち歩いては、これはと思うところにすかさず挟む方法をとった。しかし、それは、ページのどこなのかがわからなくなるという欠点があった。

 そして、今はペタッと貼れて、はがすことができる付箋。とにかく、これはと思ったら貼る。そして、時間をおいて、それをはぎながら、何で貼ったんかいなと思う部分を削除して、いいものだけをノートに書き留める。もう本に痕跡はない。いずれ、そういう言葉を紹介しようとも思う。

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「村上春樹ロングインタビュー」を読む

 うちの事務長はかなりの読書家。話すことはあまりない。職員室と事務室をつなぐ階段ですれ違いざまに二言、三言というのがかすかにある程度。少ないからおぼえているけれど、ここ1年はほぼ村上春樹。『1Q84』。先日、彼が「もう読みましたか」といったのが、雑誌『考える人』の村上春樹へのインタビュー。職員室に帰ってすぐに、二階堂書店に電話して注文した。2日で届いた。

 『1Q84』のBOOK3が出てしばらくして、階段で「続編はありますかね」と事務長が言った。ぼくはないだろうと答えた。多くの謎は残っているけれど、もういいと思っていたからだ。インタビューの中では、BOOK4、BOOK5という言葉も出てきた。ただ、村上は長編には1年間は着手しないと言っている。

 箱根のホテルに籠っての3日間にわたるインタビューは読みごたえがある。少年時代から、ジャズ喫茶の頃、小説を書き始めた頃、『ノルウェーの森』から『1Q84』、イスラエルでのスピーチ、そういうものに加え、映画、着るもの、料理等、彼は率直に語っている。小説家の生き方が浮かび上がってくる。

 丸谷才一は『文学のレッスン』で、日本の作家で私小説の流れでは大江健三郎、プロレタリア文学は井上ひさし、文学では村上春樹といっている。村上自身、お手本のない世界に向かっていると述べている。

 読み終えて、ぼくが考えたのは、ぼくが生きていく上での核。どうもそういうものがないままのウダウダのような気がしている。村上は1日に10枚しか書かないらしい。もっと書ける時も10枚。書けない時も10枚までは書く。そして早寝早起きとマラソン。村上春樹はブレない。

 創作者、表現者にも効き目があるだろうけれど、ぼくはその他大勢の一人として、たくさんのことを考える機会になっている。ちょっと生活を変えてみよう。

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中野俊成『われもの注意』を読む

 離婚する二人がコーポ(アパートじゃいけない)を出ていく日、引越しの手伝いに来る人達やらが絡まってのドタバタ。笑いの仕掛けとツボを心得ているようで、楽しみながら読める。おそらく読むより、上演を観る方がもっと楽しいはずだ(当たり前、か)。

 この本に手を伸ばして、買ったのは、腰巻にあった志の輔の言葉「今もっとも新作落語を書いてもらいたい男なのです」に、ならば!と。登場人物も多く、中国語や英語の台詞も必要で、なおかつ引越しなので道具類が多い。こういうものでも、やろうと思ったらできるのなら、と、思うこと数度。

 志の輔は好きな落語家。だから買ったのだが、だから、志の輔が落語を書かせたいのはこういうところだナ、と、そういう読み方をしてしまった。で、志の輔の落語の方が面白い、と。

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『野球部員、演劇の舞台に立つ!』を読む

 西日本短期大学付属高校演劇部の5年間の活動を顧問が綴った記録。この演劇部は、代々卒業生が指導をしているらしく、その「先輩」が「骨太な男子部員が欲しい」ともらした一言がきっかけで、職員室の隣の席の野球部監督に野球部部員に演劇をやらしてみたら、と、つぶやいたら、意外にも了承される。普通ではありえない。ましてやその野球部は新庄の出身校で、甲子園にも出場している名門なんだから。

 素晴らしい。登場する生徒が素晴らしい。その生徒達の一言や行動に、読んでいて、胸が熱くなったり、涙が出たり。そして「先輩」が素晴らしい。そういう先輩を持っていることで、演劇部の素晴らしさもわかる。

 野球部監督もいい。そして、本当はそんなもんじゃないだろうに、表に出すぎていない演劇部顧問も素晴らしい。

 早くうちの芝居仲間に読んで欲しくて一気に読んだけれど、途中からうちの学校の野球部監督に渡した方がいいような気がしていた。そういう内容でもあるのだ。一つだけはっきりしているのは、ここには教育現場での幸せな姿があること。その幸せとは、生徒も教師も保護者も地域の人も、みんが支えあい、歓びを共有できるということだと教えてくれる。一読を!

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丸谷才一『文学のレッスン』を堪能

 ろくすっぽ読みもしないし、何もわかっていないまま断片をつなぎ合わせては、酒を飲みながら文学についてあれこれ論じていた時期がある。

 丸谷才一は、井上ひさしのお別れの会で弔辞を読んだ一人。そこで、ひさしをプロレタリア文学の範疇に入れていて、おやッと思ったけれど、『文学のレッスン』を読むと、なるほどなあ、と、思った。

 小説、評論、エッセイ、演劇、詩、それについて丸谷は熱く語っていて、文学に傾いていた時期を思い出しながら、彼の持論を楽しんだ。これは本棚に残しておきたい一冊。

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つかこうへいを悼む

 舞鶴高校に勤めていた時、誘われて、『熱海殺人事件』に出た。やればやるほど、つかの手のひらで遊ばれているような思いがしたが、だから面白かった。

 今朝、職場でネットでニュースを確認していたら、つかの訃報に接した。肺ガンだそうだが、彼のことだから、生還して、エッセイで「ガンになるのも息抜きにはいいぞ」みたいなことを言うんだろうなと思っていただけに、驚いた。

 「つか以前」「つか以後」という言葉が使われていた時期がある。彼の功績と影響力は多大だったように思う。今をときめく阿部寛は、『熱海』を経験していなかったら、おそらく「モデル上がり」で終わっていたのではないかと思う。

 ぼくが参加した『熱海』の脚本の裏表紙だったか、そこには、上演は自由だが、それぞれの場所の名前に変えた方がいいよ、みたいなことを書いてあった。それを時々思い出しては、『鶴見崎殺人事件』を書こうとしながら・・・。

 上演することで、つかワールドの一端を経験できたように思う。ずっと焼き直しが続いていたので、新作を待っていた人は多いと思う。残念だけれど、深くて強い敬意をこめて、冥福を祈ります。

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