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桑田真澄「野球を好きになる七つの道」が教えること

>その幸せとは、生徒も教師も保護者も地域の人も、みんが支えあい、歓びを共有できるということだと教えてくれる。

先生のところの現場は、そんな雰囲気はないのでしょうか。
こんな感想を書き綴っているところを見ると
今の学校は、先生自身が幸せだと感じるものが
ない(ないが言いすぎだとしたら、少ない?)のかなぁと、気になってしまいました。

 『野球部員、演劇の舞台に立つ!』の感想を書いた時に、寄せられたコメント。ぼくの現場にそういう雰囲気がないことはない。ただ、前掲書にあったようなものは全国でも珍しいと思う。打てば、響き、その響きが生徒の背中を押す。コメントを寄せた「みなみ」さんが西日本短大付属高校の関係者かどうかはわからないけれど、書かれなかったこともあるはずだから、あれが100パーセントだとは思わないものの、何も知らない一読者はそれをそのまま受け止め、感動したという訳なのです。感動は誇張を生む。

 昨日の朝日新聞朝刊に桑田真澄の「野球を好きになる七つの道」が掲載された。これがウンウンの連続で、西日本短大付属の野球部監督の考えに通じていて、その通り!と合点した。

 ここで今は昔の演劇部顧問時代のこと。隣の豊南高校が大会前には10時くらいまで練習していた(本当かどうかは知らない、と、一応)ということを聴いて驚いた。鶴岡高校は6時頃には終わっていたからだ。一回通して、感想と宿題を与えておしまい。遅くまでやって、個人の時間で考える余地はないと思う。ぼく自身、「せんせいしよん」で一回の通しでクタクタになり、2回なんてとんでもないことを経験していた。それより、一回の通し稽古に集中して、指摘されたことを自分なりに考えて、新しいことを翌日の通しで試す方がいいとぼくは考えたし、今も同じ。そして大会が終われば、たくさんの小説や映画に接するために、活動を縮小した。ここで桑田野球とつながってくるんだけれど、演劇も野球もチームプレイ。でも、個人の部分があってこそ、なのだ。ぼくは桑田の文(正確には聴き取りだけれど)を野球だけでなく演劇、全ての活動に通じるものがあると思った。

 野球が楽しいから成長につながる。成長。西日本短大付属高校野球部監督の視点と重なってくる。演劇部顧問の要請に監督は「いいですよ。彼らに違った世界に触れることが必要だと思っていますから」。監督は野球人間に仕立てあげることではなく、野球が好きで、野球ができる人間を育てることが大切だと考えている。こういうことは普通はできない。監督がそう思っても、外野席から「何つまんねえことしてんだ!」と、甲子園優勝だけを考えている人は許さないからだ。

 もうちょっと長い目で野球をやっている生徒を見守り、育ててあげましょうよ。

 

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