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古城十忍『奇妙旅行』を読む

 以前「一跡二跳」のHPで次回公演の説明を読んだ時、是非観たいと思った。設定が実に魅力的だった。ずいぶん前のことだった。もちろん、東京まで観に行く余裕は様々な面でなかった。忘れていた。ところが、『誰も見たことのない場所』を宮崎に観に行った時、会場で古城の脚本が売られていたので、迷わず買った。

 読みながら、上手いと思った。展開させる台詞運びは上手い。感心しながら読んだ。感心しながらって、プロに失礼だけれど、プロの作品でそんな風に思うことは滅多にない。ところが、終わりに近づくにつれて、首を傾げ、傾げたまま読み終わった。挑んで読んだものの、その挑みに返ってくるものが違った、というのは回りくどい、か。物足りなかった。娘を殺された父親が娘を殺した男に会う前に準備した「復讐グッズ」の陳列の幕開きはぐんぐんとそそりたてていくのだが、呆気なく終わる。そういう終わり方しかないのかもしれない。ただ、過激な幕開きと平凡な終わりの間のそれぞれの両親の心情、その動きが希薄なように思える。それは、殺された娘の両親、殺した男の両親以外に5人の登場人物があるからではないか。被害者も加害者も要らない。他の3人も要らない。二組の両親だけでは転がっていかないので、あと一人だけ。可能な限り当事者に絞り込む、ってのが、まァぼくの手法です・・・。

 劇作家の才能は設定に尽きると思う。だから、この脚本はもっと読まれて、もっと別バージョンが生まれてもいいように思う。 

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コメント

そういえば、先生は津久見である「ぺてんばなし」には行かないんですか?

投稿: 510 | 2010年9月 2日 (木) 13時35分

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