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きになった一言

 今年のM1は途中で『坂の上の雲』を選んだので、最初の30分しかみることができなかった。2位になったスリムクラブが評判がいいようだが、最初の30分で彼らの舞台はみた。紳助だったかが講評で「漫才かどうか気になる」ようなことを言った。確か、彼らよりも前のグループで中田カウスの点が低かったのもそれと同じだと思う。

 新しいものには常にそういう抵抗があるものだ。紳助やカウスが悪いのではない。進化なのだ。紳助やカウスがまいた種が芽を出し、花を咲かせる。笑いの世界の進化は、目指す者が多いだけに、すさまじいものがあると思う。9回目にして優勝した笑い飯はみていないのだけれど、周囲の進化にまさるほどのものがあったということなのだろうか。完成度? ただ、新しい笑いにはまだ立ちふさがったほうがいいのかもしれない。

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『ノルウエーの森』を観る

 詳しい数字は忘れたが、249席だったか、狭いけれど落ち着く広さ。こういう椅子で芝居を観ることができれば・・・。ところが、観客は20名もいなかったかもしれない。いいのか、いいのか。

 理由はわかった。面白くない。少なくともぼくの好みではない。24,5年くらい前に読んだ時は、朝方に読み終え、最後は涙が止まらなかった。だが、内容は覚えていない。映画でも最初にヘルメットの学生達、講義中に来て「残りの時間を討論にくれ」と言う学生等のシーンがあり、ぼくが大学に入った頃の日常だった。一緒にデモニ参加した教育学部の髪の長い女の子を思い出す。

 上映前ぼくの後部座席のカップルの会話の一つが耳に入った。「学部決まった?」 高校3年生なのか。二人をこれから待つ世界。何があっても面白いはずだ。何かを得ながら何かを失う。失っても豊かになるのが人生だ。

 映画からそれた。ああいう話だったのか、と、思った。以上。

 

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村上春樹の言葉(11)

人は変わるし、文章も変わるし、物語も変わります。そのようにして世界は流れていくのです。

 一週間ほど何も書けない状態が続きました。結構シンドイ心持ちだったけれど、いつもと同じ生活の繰り返し。

 日曜日、意を決して(かなり大袈裟)、朝パークプレイスに向かいました。『ノルウエーの森』をみようと思ったのです。ところが、上映は15時から。じゃあ何か別のを、と、さがしたけれど、ない。『相棒』には少し傾きかけたけれど。

 どんなに苦しくても、人は毎日を繰り返すことが一番ではないかと思う。朝起きて、朝飯食って、活動場所に行き、つまらないことにアハハと笑ったり怒ったり、家に帰って、飯食って、風呂に入り、眠り、明日を迎える。全てを日常に取り込んでしまうのだ。ウン。

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文学に接しない読書は読書じゃない

 夏休みに本を読んで感想文を書いて、その中での優秀作品を県大会に出して、というふうになっている。今年、いいのがあった。それを読んで、ネットで似た作品がないか探した。なかったのでよかった。素晴らしい展開と言葉使いだった。

 ぼくはクラス担任が提出したものを読む。中には、「ペットの飼い方」みたいなものがあり、クラス担任もクロウしてるナと思う。

 本を読む意味は、心の動きを通して自分を考えることだと思う。だから、・・・。

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それ、間違ってないか?

 新聞記事を印刷して生徒に読んでもらうことは少なくない。ところが中には傍線を引いていることがある。これはひどい。「こう読みなさい」と強要しているようなもので、読み手を信頼していない。それをどう読むかは、読み手の勝手じゃないか。いったい、何様のつもりだ、と、思う。いや、全部読まない生徒もいるから、そのときは傍線の部分だけでもという思いやりだよ、と、反論する向きもあるかもしれない。ぼくはそれを思いやりとは思わない。

 もうひとつ。昔、小学校のPTAに行き、学級懇談会が始まる前の帰りの会で「今日は皆さん頑張ったので、宿題は出しません」というクラス担任の発言。筋としては、頑張ったことは褒めて、宿題とは別なはずだ。その教師は生徒に迎合していると思った。

 批判できるほどの教師ではない。今はけっこうまともになったと思ってはいるけれど、昔は・・・、あゝ思い出したくもない。そういうぼくを育ててくれたのは、生徒。だから、生徒だけには手を抜きたくないと思う。

 すべての仕事に言えると思うが、手を抜ける部分はあるけれど、徹底しようと思えば際限がない。そこに必要なことは目配り、気配りだ。現在の職業でそれが全くできていないのは、政治家ではないか。毎日のニュースで、それを感じてしまう。

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シェイクスピア『十二夜』を読む

 シェイクスピアの時代は男優のみで上演していたらしいから、女が男装する設定する芝居は、そういう事情を利用していると思われる。『十二夜』はセバスチャンとバイオラの兄と妹が船の難破で生き別れになり、バイオラは生きるために兄と同じ衣装を着て、兄そっくりになるという設定。最後には二人が向い合うのだけれど、どんな役者だったのか。

 人数の問題を解決できればやってみたい脚本だけれど、兄と妹の役者の問題をどうするのか。考えるだけで楽しくなる。

 来週の稽古日は稽古納めで居酒屋。芝居の話をしたい人は是非是非参加して下さい。

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村上春樹の言葉(10)

魅力的な中年のご婦人は、魅力的な若いご婦人よりも、往々にしてより魅力的である。

 賛成。その通り。断然。人は魅力的になるために生きているようなものだ。沢山の経験をして、考え、悩み、知り、自分を、世界を知ることが必要だと思う。年輪を刻むような生き方をしている人は魅力がある。スタイルがよくてきれいな若い子は、それはそれなりに魅力はあるが、それは肉欲をそそるだけのつかの間のこと。中年のご夫人は、胸の張りも衰えつつあるかもしれないが、たとえば、もっと話していたい気持ちになることがある。

 少年老い易く学成り難し。少女老い易くガクガクになりやすし。人生のテーマは自分を磨くこと。それ以外にはない。

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テレビを買う

 部屋が乱雑を極めており、ここに地デジを入れると、面倒があるのか、と、思い、まずは部屋を片付けないと、と、絶望的な気持ちになっていた。洗濯機が動かなくなり、以前も修理してもらったので、もう買い換えようということになった。そこに教え子がいたので、訊いたら、今のテレビ端子をつなぐだけでOKだという。そうか。そうなのか。訊いて驚く意外な事実。

 先のことを考えたらブルーレイ内蔵がいいと思ったけれど、在庫はなく、予約して来年2月とか。11月でエコポイント半減で、在庫はなくなったという。エコポイントが何かよくわからないぼくは関係ない。「で、今買えるのはどれ?」という質問をした。録画なんて普段全くしないんだから、どうでもいい。で、在庫の品を。

 真っ黒の画面に細い映像のテレビでよく我慢したな。フルな映像をみることができるのはいい。今晩の『坂の上の雲』をまともにみることができる。

 テレビよりも、洗濯機のほうが心配だった。コインランドリーに行くべきか、とか、ハムレットみたいに悩んだ。一応、全部解決。明日からも洗濯オジサンができます。

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村上春樹の言葉(9)

僕は思うんですが、読者に丁寧に作品を読んでいただければ、著者はより丁寧に本を書こうと思うものだし、著者がより丁寧に本を書けば、読者はより丁寧にその本を読むものではないでしょうか。

 冷えますね。夏の間は結構憧れる冬だけれど、いざ迎えると、どうもいけねえ。やはりぼくは10月くらいが一番好きだな。上着一枚で温度調節をするくらいが。

 さて、村上春樹の言葉。小説家だから、小説家という職人だから言える言葉だと思います。もしかすると、タライを作る職人も同じような思いで日々丁寧にタライを作っているかもしれません。きっとそうです。そういう職人を、何をつくる人であれ、尊敬します。

 教師としては3流、芝居は趣味の域を出ない。ぼくには職人と胸を張れる要素はない。その場、その時で、コロコロ変わる。人生哲学の欠片もない。上掲の村上春樹の言葉で、ぼくは決心した。丁寧に生きよう、と。たとえば、犬と散歩に出る前に洗濯機を回すのだけれど、干す時にパタパタさせる。そうすると、乾いた時にフックラするらしいのだ。ところが干すのに時間がかかる。倍以上かかる。冬の朝は冷たくてね。でも、丁寧に例外を作ってはいけないと思うんだな。小説は書けなくても、タライを作れなくても、自分の毎日を丁寧に生きることはそう難しいことではないかもしれない。

 丁寧の基本はよく聴き、よく観ることではないかと思う。最近はその辺がおろそかになっているように思う。オトナがそうだから、その子どもたちへの影響たるやすさまじく、日本語のリスニング能力すらないのに、英語のリスニング能力じゃおまへん。ともかく、他人に対して丁寧より、まず、自分に対して丁寧ってのは大切かと思う冬の夜である。

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『十二夜』上演の思い出

 今稽古でシェイクスピアの『十二夜』を扱っている。部分によって、24歳のとき上演した思い出が蘇ってくる。

 『恋愛狂騒曲』というタイトルでミュージカルにして上演したのだった。大学のロック研のバンドを舞台にのせた。ロックの序曲まで作ってもらって、温泉旅館の息子にも曲作りを手伝ってもらい、4つの大学からメンバーを集めての上演だった。今ではとうていできない規模だったように思う。若さってのは、怖い。

 発端は市民劇団に所属していた教育学部の女の子と同じ舞台に立ちたいという思い。彼女の名前は由美。以後、芝居のいくつかの転機に、由美という名前の女性がいた。結局、最初の由美は、事情で抜けたのだが、芝居は進行させた。上演する団体名で揉めたり、終幕の時、道化を演じた仏文の男がメイクを落とした「演技」で打ち上げの席で揉めたり、と、あの頃の周辺が芋蔓式に出てくる。

 今回の訳は木下順二、松岡和子、小津次郎。昔使ったのは小田島雄志訳だったが、全集を買ったのに、見つからなかった。来週もう一回扱うけれど、何か新しい甦りはあるか・・・。

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三者面談

 今日は上の娘の三者面談。6限目の授業が終わると、学校を飛び出した。特にぼくの方から言うことも、きくこともなく「はい、はい」で10分ほどで終わった。

 ぼくの頃もあったのかどうか。とんとおぼえていない。それでどれくらいの時期から記憶が明確かを辿ると、いくつかの点はあるものの、線にならない。こりゃ一度線にする作業をしたほうがいいかもしれない。それがどんな意味があるのか、効果があるのかわからない。ただ、全く誰のためにもならないことをするのもいいかもしれないとも思う。冬休みの暇つぶしでやってみるか。

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そしてぼくは途方に暮れる

 何故か安心院だと思った。6時半に家を出て、コンビニでサンドイッチよおにぎりとコーヒーとコーラを買う。コーラを飲むのは何年ぶりだろうか。

 安心院高校を左に見て、直進。院内と日田に別れる道で日田方向に。途中「宇佐のマチュピツ」の看板が気になり、ユーターンしたが、ウ~ム。樹齢1300年という大銀杏も見た。そして玖珠に向いながら、思い出したことが。

 初めて中央演劇祭に参加したとき、ぼくは本隊より一日先に出て、どんなものかを偵察した。当時はまだ運転免許を持っていなくて、バスで中津に行った。この道だったのような気がして、その時のことを皮切りに、玖珠の4年間を思い出した。下宿していた高田屋、そこから10メートルほど離れた居酒屋「まこちゃん」三島公園(うっすらと白くなっていたのは霜だった)、レストランで食事を注文して、それを食べながら映画を観れた「文楽」、・・・。そういうあれこれを思い出しながら、何故かオロオロしてきた。それで自動車道に飛び乗り、帰った。

 そのオロオロ感がまだ消えない。今度、宿泊して、「まこちゃん」で飲みながら、考えてみようかと思う。

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村上春樹の言葉(8)

高松駅はなんとなくちゃらちゃらしてますね。もうちょっとうらぶれていてもいいんじゃないかと思う。

 休みの日に車でちょっとだけ遠くに行く。車はそれなりに便利だけれど、できるなら、電車で、必要ならレンタカーで、というのが理想。岐阜を中心に、東北、そして北海道。初夏に北海道を訪れて、半年くらいの時間をかけて南下できれば。そんな贅沢、ちょっと無理。だから線ではなく、点で考える。一点なら、羅臼。

 駅はその町の顔だから、考えなくてはいけないと思う。東京駅には気品も何もなく、ただ雑多なだけ。あれこれやっているのはさもしさがみえてくるのだが、大分駅はさもしさが消えていない。佐伯駅は、まだ駅の風情がある。風情があるということは、町に活力がかけているからかも。

 商業だけでなく、町つくりの一端として駅を考えたほうがいいかもしれない。

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村上春樹の言葉(7)

僕は基本的に人生は孤独なものだと考えています。でもそれと同時に、孤独さというチャンネルを通して、他者とコミュニケートできるはずだと信じています。

 今もあるかどうかわかりませんが、佐伯鶴岡高校の教育相談室には長いソファがあると思います。10年前、佐伯で高等学校総合文化祭があったとき、ぼくは事務局を担当しました。ああいうのって後援に市町村とその教育委員会が名前を連ねます。佐伯の場合、佐伯市だけでなく、当時の南海部郡の弥生、本匠、直川、宇目、蒲江、米水津、鶴見、上浦が対象だったので、授業の合間を縫って回りました。終わると、高等学校文化連盟から、記念品をもらえるということで、ぼくが選んでいいと校長が言うので、教育相談室に横になれるくらいのソファを選びました。悩みをもった生徒がきたら、ゴロンとしろよ、ってものがあってもいいかな、と。もちろん、それを活用したのはぼくです。

 さて、教育相談室にはあまり生徒はきません。常駐してないから。それとぼくの人相が悪いから。どこの学校でも生徒のよき相談相手は養護教諭です。あの人たちは生徒のことをたくさん知っていると思うけれど、絶対話さない。頭が痛いから保健室へ、そういう生徒はもしかすると養護教諭と話したいからかもしれません。だから、たいていどこの学校でも保健室には常に生徒がいます。ひどいときには、ごったがえす。ある学校で、厳しい養護教諭が相談的な部分を排除したら、ケガや本当の頭痛以外誰もこなくなったという話があります。オトナは酒飲んだりとかできるんだから、保健室のプラスアルファの機能は大事だと思うけどな。

 孤独についてだった。ぼくは孤独が人間の原点だと思っている。ひとり、一人、独り。それが基本で、その基本を確かめ、きちんとおさえておく必要があるのではないか。ナアナアの人間関係が結構多い。ウン。

 長くなった。

 ぼくが長いソファを入れた教育相談室に女生徒が来た。彼女の訴えは「友達が3人しかいない」だった。あなたなら、それにどうこたえますか? 

 

 

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村上春樹の言葉(6)

小説を書くという作業には、自分の中にある別の人格を探す旅みたいなところがあるんです。だからあまり自分に近いものに視点を設定しちゃうと、現在の自分と、探し求めるべき別の自分が混濁してしまうおそれがある。

 高校演劇で生徒が書いた高校生を描いた創作の脚本はあまり面白くない。高校生だから高校生が描かれるとは限らない。たいていが「青年の主張」みたいになることが多い。たとえばタイムスリップして(この手の手法は大嫌いなんだけれど、まッここは例なんで・・・)母親の高校時代という形で描けばいいんじゃないかと思う。

 上掲の村上の言葉のあとには「距離感みたいなのはかなり大事なんです」と続く。距離感は人間関係で、もしかすると一番大切なものかもしれない。微妙な距離感で、馴れ馴れしいとか、冷たいとか。若い男女の恋なんて、滑稽なくらいに幻想の距離感にボケている。

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村上春樹の言葉はこちらに移転します

 SWING-BY企画の掲示板で続けていた村上春樹の言葉をこちらに移転します。掲示板の性格にそぐわないと判断したからです。何故村上春樹なのか。彼の言葉が演劇を続ける上で示唆に富んでいるし、脚本を書くぼくにはビンビン響くものがあります。彼は早稲田大学第一文学部の演劇科卒業で、在学中は映画の脚本をかなり読んだそうです。ぼくは村上(えらそうに呼び捨てにしていいんかいな)の小説の中で会話が大好きです。それはおそらく映画の脚本を読み続けたことが影響しているのではないかと思います。もっとも、彼の会話手法が芝居の脚本を書く上で参考になるわけではないけれど。

 彼の言葉は、『考える人』(2010年夏号)、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(文藝春秋)、『少年カフカ』(新潮社)のインタビューと読者のメールへの返事から拾っています。その3冊は付箋だらけです。これはと思ったところにペッタンコして、取り上げる時に取捨選択しています。中には、そのどこがいいんだと思う向きもあるかもしれませんが、ぼくは好きです。年内は、ともかく、村上春樹中心でいきます。

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大いなる眠り

 ルーズリーフを買った。色は赤。着想のあったものを、そこに一応まとめておこうと。

 これは芝居になると強く思うものもあれば、どうなるかわからないけれど、一応というもの。時々、それを眺めていれば、発展するかもしれない。しばらく放置して、時々取り出して交信する。

 それはもしかするとボイジャーみたいにどんどん遠くなっていくだけかもしれないし、はやぶさのように宝物をのせて帰ってくるかもしれない。ただ、どうであれ、そのあえかな存在だけはノートにとどめておきたいと思う。そのどれかは生きているうちに形になるとは思う。

 アマチュアの正体がわかったような気がする。仕事や生活の雑事やらを口実にするのがアマチュアなのだ。ぼくらもアマチュアだけれど、それとはちょっと違うゾというものにしたい。

 発端のカケラが死んでしまわないように、ぼくが死ぬその前に。

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