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アマチュアということ

 たとえば高校野球、大学野球や都市対抗野球の選手たちはアマチュアである。彼らの中にはプロ野球から高額なギャラで引っ張られることがある。アマチュアは素人、本職以外の余技と考えられている。そうではないのではないか、と、ずっと思っている。

 素人だろうと余技であろうと、だからこそ「勉強」しなければいけないのではないかと思う。アマチュアだからプロみたいにできなくても、知らなくてもいい、と、いうことにはならないように思う。プロとアマチュアの千引きは難しい。野球でも芝居でも、もっといいものを目指すからこそなのだ。

 そういうアマチュアであるためには、メインのもの、仕事とか、をしっかりしなければならないように思う。余技であれば、本技を充実させることが必要だと思う。本技が充実してこそ余技だと思う。

 ぼくにとって芝居は余技だけれど、今年も脚本を読み、芝居関係の本や雑誌を読みながら、芝居を考えていきたいと思う。

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