« 村上春樹の言葉(12) | トップページ | 村上春樹の言葉(13) »

村上春樹の?

 『海辺のカフカ』を読んでいて?があった。それは文庫本の上巻54ページの真ん中あたりの「まるで前衛的な芝居の場面を見ているようでした」という所。なんてことはないが、それが1944年の証言の一部だとしたら、どうだろうか。

 やはり同じことを感じた人はいるようで、村上が読者とウエブ上で交わした通信の記録『少年カフカ』(現在、これを少しずつ読みながら村上春樹の言葉を書いている)に「この調書が作成された1946年にはもういわゆる前衛的な芝居は行われていたのですか?」と村上に問いかけている。それに対して村上は個人的な意見ですがと前置きして、

前衛演劇というのは明治時代からあります。たとえば戦前の築地小劇場だって、かなり前衛的な役割を果たしていました。(中略)すべての芸術には、いつの時代においても前衛というものがありますし、演劇に関しても同じことです。(後略)

と応えている。それはそうなのだ。ただ、問いかけた男性もぼくも、前衛という概念があったのかということ。

 前衛はもとは軍隊用語で、本隊の前にいる最前線の部隊のことのようだ。だから少数だけれど、いずれは本隊がそこにいく。つまり時代の先を行っている。ぼくがそういう考え方に接したのはイヨネスコの『ノート・反ノート』。1962年に発行され、1970年に日本語訳が白水社から発行。ぼくは1974年に買っている。現在読み返しを始めたところ。

 芸術や文芸には様々な運動があり、その多くは「前衛」の役割を果たした。しかし、1944年に田舎の医者が「前衛的な芝居の場面」という言葉が出ることには違和感を覚える。本当は前置きすべきだったが、これもぼくの個人的な意見です。

|

« 村上春樹の言葉(12) | トップページ | 村上春樹の言葉(13) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 村上春樹の?:

« 村上春樹の言葉(12) | トップページ | 村上春樹の言葉(13) »