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岩切正一郎訳『ゴドーをまちながら』を読む

 まだ暗い中、散歩と勘違いして吠える犬を尻目に、車を走らせた。米水津の空の公園で朝日を見ようと思ったのだ。風の当たりにくいところにキャンピングカーが2台。その脇を通りにけ、上まで行く。軽が2台あった。おそらくアベック(死語?)だろう。そういう時が誰にもある。できるだけ邪魔しないように、朝日を待つものの、曇のようで、あきらめた。どうしようもないな。せっかく、なんて言葉は天には関係ない。

いいかげんにしないかね、時間の話は。ばかげている! いつ! いつ! ある日だよ、君にはそれじゃ足りないのか。他の日と同じようなある日、あいつは口がきけなくなったんだ。ある日、わたしは目が見えなくなった。ある日わたしたちは耳が聞こえなくなるだろう。ある日わたしたちは生まれた、ある日わたしたちは死ぬんだ。同じ日、同じ時に。きみにはそれじゃ足りないのかね。女たちは墓にまたがり出産する。日は一瞬輝き、そしてまた夜だ。

 国立劇場が面白い企画をしている。「JAPAN MEETS・・・現代劇の系譜をひもとく」というシリーズで、外国の脚本を新訳で上演している。全舞台のチケットを買うところだが、東京まで行くと、一本の芝居がえらく高くなる。

 岩切訳の『ゴドー』はなんだかわかり易く思えた。霧が少し晴れたような気がする。『ゴドー』ってけっこう面白いと思った。収穫だ。

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