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演劇部員でいるということ

 かつて演劇部顧問をしていた頃、大分は26校が県大会に出場していた。木曜がリハ。金・土・日で上演するから、金曜は11校が上演、宿に帰るのが8時過ぎというハードなスケジュールだった。審査員の方々は大変だったろう。夕食というよりは夜食だった。

 客席で舞台袖で舞台や生徒に触れて、思ったことがある。この生徒たちは演劇を体験して卒業するのだろうか。芝居の上演は経験する。しかし、芝居自体を経験するのか疑問に思った。もちろん、演劇体験、芝居体験について明確に説明できないけれど、上演に向けて躍起に取り組んでいる時に神様がインスパイアーしてくれるようなもので、ふと「これか!」と思う瞬間があるように思うのだ。一人の人間を理解するのは向き合うしかない、それと同じように芝居と向き合うことでしか得られない何か。

 顧問も演劇部員も、事情はそれぞれあろう。しかし、そうなったんだから、ここは一つ覚悟を決めて演劇と向き合うしかないのではないか。そこは人間を考える場所でもあるから、結局は自分と向き合うことにもなり、貴重なものを得ることができると信じている。

 日常のバタバタできちんとまとめることができなかった。長崎中地区の皆さん、貴重な時間と場所を与えてくれたことに深く感謝します。これからの活力と充実の毎日を祈ります。長崎日大、創成館両校の皆さん、県大会での成功を祈ります。応援に行きたいのですが、前二日が文化祭です。担当者で、泥のように眠っていると思います。イーダは幸せでした。多謝。

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創作脚本の問題

 ちょっと中断したけれど、大会を観ての感想を続けたい。

 昔、大江健三郎が『洪水は我が魂に及び』に触れて、2000枚を推敲の過程で1000枚にしたという。あるいは、村上春樹があるインタビューでABCDEFをシャッフルして並び変えたのち、その幾つかを取ってしまうらしい。乱暴にまとめると、書く作業は捨てる作業であり、表現は暴力的なのだ。

 今回の大会で生徒が書いた脚本は一本。小説を脚色したものなので、創作脚本には当てはまらないと判断した。ぼくはその小説は読んだことがないので、どうなのかはわからないけれど、書きたいことに絞り込んで書いたほうがよかったと思う。流れや周辺を尊重する余り、肝心な部分がぼやけてしまったのではないか。ただ、安易にネットで脚本を探すよりも、自分で書くことは素晴らしい。

 書いた脚本は多くの人に読んでもらい、意見をもらって、書き直すことが望ましい。少し書いたら、部員で読み合わせをするだけで、問題点に気づくこともある。そう考えると、やはり、早い取り組みが必要だ。時間をかけて自分たちの芝居を育てる、育てるにはやはり時間が要る。本当に面倒。面倒だけれど本当。

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演劇部顧問の仕事

 年度が変わっての演劇部総会で初めて見る顧問はたいていは新任の若い先生であることが多い。演劇部顧問はなり手がいないので、文句を言えない人に頭を下げて、というのが実情のようだ。ただ、演劇を知らないと生徒に全部任せるのではなく、指導はしなくていいから、せめて、その学校の演劇部の一番の観客になって欲しいと思う。

 通し稽古を観て、率直な感想を言えばいいのだ。何なにがわからない、だけでもいい。もし、一人だけで不安ならば、他の教師に頼んで観てもらい感想を求める。生徒でもいい。ぼくは大会前には公開練習として、部員に担任や友達に観てもらって、という方法をとっていた。

 人も芝居も、目で育つ。

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細部にまでこだわる

 部員1名、2名の時期が多かった。そういう時は全員(ちょっとムナシイ響き)キャストにし、音響と照明に彼らの友人を臨時部員に仕立て、大会に出た。彼らに負担を与えないように、仕事量は少なくした。暗転で舞台装置を変える芝居はしたことがないし、できなかった。今回暗転の際のバタバタが目立ち、そのへんの動きについて入念な打ち合わせと練習が必要だと思った。

 掃除のためのバケツを運んできてそれを置く。その時明らかに何も入ってない軽い音。雨がやんで、外に出て、椅子代わりの缶に座るけれど、濡れない? そういう些細なことが、ぼくは気になって仕方ない。せっかくの積み重ねが、そこで壊れてしまうではないか。

 ある学校では、クイズの決勝戦なのに、問題が易しいのもそうで、客席にもわからないような難問に答えるからこそ、答えられるようになっているからこそ、主人公の「成長」が見えたかもしれない。そう考えると、些細なことをおろそかにしてはいけないと思う。

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高校演劇は会場を選べない

 高校演劇の会場は大きすぎることが多い。小さすぎてとても上演できないという学校もあるかもしれない。大は小を兼ねる。だから大きいステージになるのかもしれない。大中小のホールをもった会場で、出場校がそのどれかを選び、観客がその都度移動する方法をとってみたら、演じる側にも観る側にもいいだろうに、と、思う。

 しかし、現実は厳しい。だだっ広い空間をどう使うかという難問に直面する。それは打ち合わせ会で初めて会場を観て、さてどうするかを考え始める。しかし工夫にも限界がある。そして、どうにか処理をしても、広さを意識して、声を張り上げるようになる。女子部員が多い演劇部。女子が大きな声を張り上げると、キンキンしてしまい、台詞が聞き取れなくなる。今回もそれがあった。それは練習量が多いだろうナと思う学校に多かったように思う。客席が埋まってる訳ではないから、そうであれば、それほど張り上げなくても、声は届く。張り上げることで、消えてしまう台詞の表情が惜しい。

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脚本選びにもっと時間を

 大会に向けての取り組みに2ヶ月60日かけるとして、そこに費やす時間と労力と精神的負担はかなりのものがある。だから、それだけの価値のある脚本を選ぶことが何よりも肝心だと思う。

 今回ぼくが訪ねた大会は、既成3本、生徒脚色1本、顧問創作4本だった。そのうち取り組み甲斐のある脚本は3本だと思う。もちろん、これがいいと思って書いているのだから、それがいいと思う人がいるのも当たり前で、あくまでぼく個人の考えでしかないけれど。

 大会は終わった。極端なことを言えば、これから来年の大会に向けての脚本選びを始めていいんじゃないか。来年何人の部員が入るかわからないけれど、だからこそいいんじゃないか。部員が確定して、男2、女3だから、と、その人数で選ぶから、仕方ない脚本になってしまうのではないか。もし、「これだ!」という脚本に出会えば、それに必要な人間を集めればいいのだ。集まらなければ、足りない人数で上演できるように書き換えることも可能だ。「これだ!」という作品には、そういう「無理」をさせる何かが宿っているように思う。「これだ!」には簡単に出会えない。100本読んで出会えばラッキーかもしれない。しかし、100本目に出会えた時、前の99本が与えたものは大きい。芝居作りの腕力を鍛えてくれているはずだ。そういう部員が二人いれば、その部は飛躍的に向上すると思うのだが。

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やっぱり面白い高校演劇

 ある県の演劇発表会に行ってきた。7本の芝居を観て、多くのことを考える機会となり、貴重な経験となった。また、尊敬する二人の顧問、ずいぶん会っていないかつての芝居仲間にも会え、時間の空白を少しだけ埋めることもできた。帰ってきて、あれこれ思い出し、なぞりながら考えている。とりあえずゆっくり眠って、明日から、幾つかのことについてここで書いてみたい。お世話になった皆さんに深く、深く感謝します。まずはお礼まで。

 

 

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めっきり、秋

 オーストラリアの高校生が帰った。昨日、朝から夕方まであっちこっちに行き、けっこう濃密な時間を過ごした。だから朝8時彼女を見送って、家に帰ると空虚感があり、それは時間ごとに増していった。たかだか一週間なのに、だ。

 若い時は、失恋以外、とにかくゲットする毎日だった。新しい体験、新しい知識、新しい出会い。面白くて仕方なかった。ただ、以前書いたように、今年は親戚の逝去が続いた。両親も老いの不自由と闘っている。いずれ二人を見送ることになるのだろうが、もしかするとぼくのほうが先になるかもしれない。ただ、どうであれ、生命は生き続けようとする。生命とは成長させる力だと思う。だから、多くの喪失を抱える年齢ではあるが、次へという意欲は大切だと思う。退職までへのカウントダウンが始まっているが、良かった、芝居があって。

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豊南高校体育祭

 正しくは「若鶴祭体育の部」と言う。しかし、グランドの横断幕には「体育大会」とあった。時の流れの中での右往左往、か。

 舛添は入学式か卒業式で駐車場の係りになって、何故俺がそんなことをするのだ、と、東大を辞めたとか。ぼくは「体育の部」の駐車場係。軽んじてはいなかったが、甘かった。来る来る。保護者がどんどん来る。ほぼ5時間。雨が降ってきたので、他の係に声をかけて引き上げた。雨は昼食後も止まない。ところが保護者は傘をさして観覧席に向かう。結局、応援合戦とフォークダンスを体育館でやって終わることになったのだが、体育館の2階には保護者がいっぱい。

 人は目で育つ部分が多いから、保護者が多くみに来るのはいい。ただ、豊南初心者は、競技を全くみることができなかった。

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