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横柄な、あまりに横柄な

 大学一年の時、高校時代の同級生の部屋に行った。高校時代は同級生だけれど、ぼくは浪人したので、彼は先輩になっていた。男二人で何もすることはなく、チョボチョボ話の合間に部屋にあったギターをポロンとしたら、「持ってかえっていいよ」と言われ、それが「持っていけよ」と聞こえたのか、そうした。

 誰かに習ったとか、教則本を買って弾き方を覚えた訳ではない。コードを覚えてポロン、ポロンとやっているうちに打楽器みたいな伴奏で歌えるようになった。そうなると、テキトーにコード進行するのに言葉をつけたら歌になった。好きな女の子に歌を作り、二重録音できる語学用のカセットレコーダーに歌を入れて贈ったりした。恥ずかしい。

 さて、ギターを新調したので、ここは初歩からと思い、初心者向けの教則本を買い、それに従ってやっていこうと、何と素晴らしい謙虚さ。ところが、知ってる、出来てるで、モーいいや。確かめようとしない。練習曲を全く知らないってのもある。

 この本、学校の図書館に寄付したいけど、・・・。

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佐藤剛『上を向いて歩こう』を読む

 永六輔作詞、中村八大作曲、坂本九歌の海外でも大ヒットした歌の誕生周辺を大量な資料と取材で描いている。面白い。

 中村八大を日本が生んだ天才の一人に加えたくなった。また、坂本九が実は凄い歌手だったことも知った。永六輔が、若い頃から今日まで首尾一貫した生き方の人であることを知り、尊敬の気持ちが増した。

 一学期に図書館に希望した本だったが、先日渡された。詳しく書きたいけれど、豊南高校の生徒に是非読んで欲しいので、書かない。ここ10年で読んだ本の中ではトップ級の面白さ。

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豊南高校生徒会、東北に募金を送る

 夏から数回募金活動をしてきた生徒会が今日日本赤十字を通じて東北に送りました。24万6582円。ご協力をしていただいた皆さんにご報告をし、深く感謝します。

 東北のみなさんに役立つには微々たるものでしょうが、佐伯の皆さんの気持ちがこもっています。22日の募金は2箇所で時間帯を分けて2回ずつ行いました。買い物から出てきた人たちは財布から小銭をかき出すようにして募金してくれました。コイン一枚を、というのとは違うものがありました。それは生徒にも通じたのでしょう、2回とも参加した生徒が多かったのです。「寒いのに元気いいな。頑張ってな」と声をかけてくれ、生徒は大きな声で「ありがとうございます」と元気よく、深く礼をしました。彼らは周辺に人が途絶えると「金額がじゃねえ。気持ちだ」と囁きあっていました。彼らも多くのものを学んでいるようです。

 3学期もまたやります。ほんのチョットの余裕だけでいいんです。よろしくお願いします。

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『坂の上の雲』終わる

 脚本に3人の名前があり、一人は野沢尚。以前、それがどれくらいかとんと思い出せないけれど、自殺したように思う。NHKがかなりの金をつぎ込んだ13話の作品は、かなり以前から取り組んでいたことがわかる。来年やろうぜ、みたいなことではできない。

 東京で働いていた頃、上司が「ぼくの作りたいのは『坂の上の雲』なんだよね」と話した。ぼくは読んでいなかったし、読もうという気持ちもなかった。あれから25年後に読んで、なるほど、と、思った。ただ司馬が「小説をかくのはチーズを作るほど難しくはない」とかナントカの「中書き」には反発を覚えながら、『坂の上の雲』は小説というよりはドキュメントなのだと、その反発を鎮めた。ただ、松山出身の秋山兄弟に同じ松山出身の正岡子規を絡めたのは、「小説」に近しめた。

 司馬の「小説」をNHKは手際よくまとめていた。民放ではつくらないものをつくればいいのではないか。今回は「いい仕事しましたねェ」。

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井上ひさし『東慶寺花だより』を読む

 感情を解決するのは難しい。だから、人類共通にして普遍の大問題は男女の問題ではないかと思う。先進国ほどそれは顕著ではないか。

 恋愛は二人の問題だから、それぞれの思惑なり事情がある。出会いの時はそれを出さないから、いい部分だけを見る。しかし、慣れてくると、つまり、当たり前が多くなってくると、出せる部分が出てくる。それはいい。ただ、慎み深さはある程度要るように思う。

 ひさしの小説は久しぶり。主人公はひさしに重ねてるナと思い読んだ。様々な男女の思いと事情。そう処理したか、と思いながら、そんなにできない部分もあるんだナと思う。

 ただ、若い人はたくさんの本を読んで考えるべきだと思う。映画ではダメ。本を読みながら考えることが大切なんだ。

 文科省のアホには感情がないからどうしようもない。

 ウン。結論、文科省には現場感覚が感覚がない。

 

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募金活動をする

 終業式の今日、トキハとサンリブで1時からと4時からのそれぞれ1時間募金活動をした。新生徒会初の外での活動。

 どう呼びかけをするかとか一切彼らに任せた。ぼくはそれを眺め、時々写真を撮るだけ。次第に声が出て、呼び掛けの言葉が分担されて、整っていく様は快感だった。今日は寒くて、剥き出しの手が冷えたけれど、1時に参加した生徒が4時からにも参加していたのを見て、素晴らしいと思った。

 募金してくれたびっくりするほど多くの人たち、そしてトキハとサンリブに深く感謝します。

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長崎のTOKUさん

 久しぶりです。

 演劇がいい方向に回っていると思います。進路関係で「コミュニケーション能力が求められている」と言うけれど、そう言う人がわかってない場合が多い。芝居だったら、役者同士も、演出、照明、装置、道具やあれこれ、コミュニケーションがないと成立しないのに。

 ぼくはある大学の人間に役者を招いて、コミュニケーションというのがどういうことかを話してもらえばいいと言いました。これは面白い試みだろう思うけれど。頭で考えてるだけではダメなんだ。

 再来年のインターハイは長崎・佐賀・福岡・大分で開催される。大分で開会式。その委員になってしまった。事務局は「凛とした」という方針を出したが、委員のイメージがバラバラ。だって「凛とした」イメージって、オレ、わからない。

 遠くないいつか、長崎に行きます。K夫妻とも会いたい、話したいし。春前に。ん。 

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月に照らされた1マイル

 朝犬との散歩は寒い。靴も靴下もはいてないのに、寒いのに、彼女は元気で道路から田んぼ道に入るとリードを外すと、勢いよく走って行く。時には猫やら野生小動物を見つけたりした時の勢いったらすごい。10月で12才になったから、結構オバサンなのに、感心するやら羨ましいやら。

 20年くらい前に買ったギターの弦を張り替えようとしたら、貼りすぎたのかブチンと切れた。こりゃあイカンともうワンセット買ったら、また同じ弦を切った。それで別の弦をそこに張ったんだけれど、どうもあのギターが呼んでいるような気がしてならない。なんか、あれを買うための口実というか理由というか言い訳というか、そんなもんを探しているような気がしてならないけれど。

 さて、犬との散歩には単二2本を入れる懐中電灯を使う。しかし、田んぼ道は月明かりで結構明るくて、使わない。夜明け前の星明かり、月明かり、そして引き締まった空気。ガタがきはじめた頭が冴えわたっているように思える。ここで毎日ひとつの言葉を見つける。ずっと使いたいひとつの台詞があり、その台詞を成立させるための脚本でもいいんじゃないか、と、か。その日の授業はこうしよう、と、か、とか。

 月が痩せてきている。それはそれで、星の輝きを楽しめるということなのだ。犬がいなかったら、知り得なかった。彼女には感謝してます。

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井上ひさし『日本語教室』を読む

 仕事が2ヶ月ほど立て込み、本を読む精神的余裕がなかった。脚本も読めないような状況で、さて一段落したのに、それが続いた。そういう時はひさしが一番の良薬。二冊買って、薄い方を選んだ。

 大分までわざわざ本を買いに行くことはメンドーだが、子どものアッシー(死語だっちゅーの、って、これも死語)で行った時の暇つぶしで行くことが増えた。まず、100均で老眼鏡を買い、ジュンク堂で数刷選んで、喫茶店でコーヒーとタバコと本で2時間ほど過ごすようになった。他にすうrことがないので、結構集中できる。これなら単独でも行くようになるかもしれない。

 3時間後の待ち合わせ場所にはたいてい早く着く。10分くらいを地下の楽器屋をぶらつく。フォークギターが欲しくていつも眺めるだけだが、先日は店員が話しかけてきて、これはいいですよ!と差し出してくれたギターが以来頭から離れない。To buy, or not to buy, that is the question.

 ひさしの広くて深い知識は効いた。復帰できそうな予感がする。

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