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トーマス・クック『ローラ・フェイとの最後の対話』を読む

 つかこうへいは遺書を「恥多き人生でありました」で書き出した。ともすれば栄光の影にかすれてしまうようなアレコレも多い。つかがデビュー以来演劇界のトップを走り続けることができたのは、「恥多き人生」と言えるところにあったように思う。まァ、つかの作品に登場する人物はみんな傷や悔いを抱えてはいるんだけれど。

 小さな町で育ち、大学教師になり歴史の本を書いている男の前にローラ・フェイが現れ、小さな町での事件をめぐり対話が始まる。その対話を読みながら、あれこれと事件について考えるから、グイグイと読み進めていく。主人公マーティンと母との最後の場面は似たような経験もあり、切なかった。ラストのシーンがウソっぽいけれど、マーティンのためには必要だったのだろう。

 昨日と今日は8時頃までウダウダと惰眠を貪った。9時20分に起きて、直川鉱泉に行った。10時開店だけれど、結構年配客が多いので、せっかちに来る彼らのために10分早く開けてくれる。サウナでとことん汗を流すと、汗と一緒に汚れが出るような気がして、ほぼ毎週行っている。サウナで聞く、おじさんたちの話は面白い。若い観客ではなく、彼らおじさんたちをターゲットにした芝居もいいんではないかと思う。つかの頭にあった「恥」はわからない。マーティンの「悔い」はわかる。そして、ぼくにも恥や悔いは山とある。そこを見据え、そから逃げずに、脚本を書いてみようか、と、・・・。

 

 

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