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弔辞

 K、君は死ぬという個人的偉業を成し遂げた。しかし、あまりに唐突で、あまりに早すぎた。棺に君は端正に眠っているように見えた。そして、祭壇中央の君の写真は実に深みのあるにこやかな顔で、君の充実した生だからこその顔だと思った。

 君と会ったのは寒い夜だった。まだテレビを持つ学生が少なかった頃、演劇部員で月曜ロードショーでチャップリンを放映するので、それを観た帰り、君と結婚することになる1年生の戸田の部屋の前の道だった。会いに来たが、いないので、しかし寒いので足踏みをして体を暖めていた。翌年、彼女を追うように近くの大学に入り、そして、ある演劇部員の部屋に集まっていた時、廊下の端で彼女を待っていた君に、「うちの演劇部に入ったら」と声をかけた。長崎に向かう時、そんなことを繰り返し思い出していた。『スパイ物語』での「全部買っちゃった、・・・」の挿入歌を歌う君の野太い声や『土』の天草公演での寒さやら、大分の高校演劇の講習会に呼んだこと、思い出は思い出を呼んだ。

 めぐり合わせ。そういうものがあるのだろうか。ぼくは、昨年諌早の高校生の演劇発表会を観る機会があり、そこで久しぶりに徳に会った。そして彼に、今度は徳や君に会うためだけに長崎に行くと徳に電話で話し、そろそろその時期だ、と、思い、長崎の夜のワイワイを思いながら眠った翌日の朝、武から訃報のメールが届いた。いつもは昼くらいにしか携帯を触ることはないのに、何故かすぐメールを開いた。

 めぐり合わせ。武はぼくが長崎の夜のワイワイを思っていた時、君は最近は飲まない酒を武と自宅で酒を飲んでいた。そして眠った君は身体に変調をきたし、救急車が呼ばれた。武は気に病んでいた。しかし、もし、武がいなかったら、戸田は一人で対処しなくてはならなかった。それを考えると、武がそこにいたことは、最適のめぐり合わせではなかったかと思う。

 通夜の後、武と徳で居酒屋で話した。武は君が医者に行かない理由を「訳がわからんことを言うたい」と何度も言った。でも、ぼくはよくわかった。それを考えると、君は君の流儀で生き、君の流儀で死を迎えようとしたのではないかと思う。

 ホテルで6時過ぎに目が覚めた。今日の葬儀用にワイシャツを用意していたけれど、池やパックが来るので会いたいという気持ちもあったけrど、それまでの時間をとても一人で耐えられなかった。先日父を送ったばかりだが、父の死よりも、年下の君の死は重かった。それをぼくなりに一人で受け入れることが必要だった。

 めぐり合わせ。その言葉にある妙。生きるということはその妙に彩られている。やがて、葬儀が始まる。池やパックが会場に到着している頃。徳も武もステージ作りに精を出しているだろう。徳はステージから手を合わせますと言っていた。ぼくは、君と飲むはずだっただけの酒を飲んでしまおうと、飲みながら、書きながら、涙が出ている。「妙」に生きている嬉しさ故だと考えたい。

 祭壇の君は、両隣に娘さんがいた写真だという。なるほど。にこやかな一徹者。ぼくはずっと君の写真を見て、心に刻み込んだ。あの世とやらがあるのなら、遠くないいつかぼくは君を探し、長崎でのワイワイを持ち出す。その時はぬこやかに迎えてくれ。

 

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コメント

ここに僕がコメントするのは、場違いですが
お許しください。

25日23時。さっき
熊本のTさんと別れました。1ヶ月前に、会いに行きますと予定していた夜でした。

嫁と三人で十分に語らい、帰ろうとした瞬間に
Kさんが僕らを誘いました。きっとそうだと思います。

僕はフと、「お知り合いのお店は、どこら辺でしたか?」と云っていました。

そして
初めて三人で【slowhand】の岩本さんのお店に行きました。

入店すると
今にもステージが繰り広げられる間際。
岩さんと、小さな息子の、ロック(あれはブルースだったかも知れません)な演奏を見ながら
Tさんは泣いていました。
もらい泣きしました。

岩さんとKさんの深い友情を聞かせてもらうことも出来ました。


大学時代の思い出の、仲間入りは出来ませんが、僕らにとって、貴重な体験でした。

今夜、めぐり合わせてくれたKさん。

心からご冥福をお祈りします。

投稿: キノシタ夫妻のダンナのほう | 2012年2月25日 (土) 23時59分

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