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新潟ウロチョロ日記ー伍ー

 インターハイが体育部なら、文化部は全国総分。その総分に皇室を呼ぼうという話があったらしい。反対したのは演劇だけだったとか。詳しいことは知らないが、皇室を呼ぶと、警備が大変らしい。そういえば、植樹祭に天皇陛下が来県した時、10号線に警官が数十メートルおきに並んでいた。関係ないが、今現在最も素晴らしい夫婦は天皇と皇后ではないかと考えている。それについては以前ここでも書いた。素晴らしい二人。素晴らしい二人がたまたま天皇皇后の二人だったということだけれど。

 ランスルーが終わると、会場に空港にある金属探知機のゲートが3つ設置された。それからしばらくして、そこに行くと、50名近くの警備員が講習を受けていた。そして大分の事務局から受けた注意は、
①身分証明書を提示すること。
②ペットボトルの持ち込みはできない。
③カメラの三脚は持ち込めない。
④カメラは、本当にカメラかどうかその場で写してもらうことがある。
⑤一回入場すると出ることはできない。
⑥皇太子が退場して20分後までは退場できない・
そういうものだった。

 開会式当日はチェックに面倒はなかった。コカ・コーラが無料で飲み物を提供していたから、熱中症の心配もなかった。開会式の途中、大分の高校生が顧問と立ち上がってトイレに行くようだったが、客席からSPが立ち上がりチェック。高校生は無事にトイレに行けた。

 天皇制についての議論は今もある。それについてのぼくの考えは省く。でも、天皇と皇后が東北の被災地に訪れ、そこでの映像を観ると、政治家よりもはるかにいい仕事をしていると思う。皇太子の姿を間近に見ながら、ぼくはそんなことを考えていた。

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新潟ウロチョロ日記ー四ー

 朱鷺メッセは信濃川沿いにある立派な施設。そこのウェーブホールでランスルーがあった。

 テレビドラマの収録ではドライリハ、カメリハ、ランスル、本番で行われていた。ランスルーでは、泣きがある時は「回しといて」というディレクターの指示でVTRを回すこともあった。ランスルーで涙を流して泣いたのが、本番では涙が出ないということがあるからだ。ところが、新潟のランスルーでは「入場行進が予定より早かったので、あと8分演奏は続けて下さい」。そしてあれこれの挨拶では、代役が立って、「今計時してます」という声がかかり、代役はじっとしている。「時間です」で解放される。また、皇太子殿下入場と退場では代役が歩くのだが、高速度撮影のようなスピード。「あれは、殿下の歩くスピードですか」とある人に訊いたら「そうです」。まさか、と思ったが、翌日殿下はさっそうと歩かれた。

 ランスルーが終わり、視察団が集まり、次は3時半にここに、と、言われ、昼食をそそくさと済ませ、周囲を歩いた。会場に戻ったものの、「歓迎演技」の直しなんざ見ても役に立たない。この拘束したがりはどうにかならないのか。ぼくの怒りは沸点に達しようとしていた。

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新潟ウロチョロ日記ー参ー

 空港から新潟駅までバスで400円。駅からホテルまで430円。4人でタクシーに乗れば、あと100円ほど出せばいいんじゃないか、と、思う。誰かに言うけれど「そうですね」で終わってしまう。少しくらいお金がかかっても時間を作るほうがいいと思うのだが。

 みんなで夕食をして、部屋で少し休んで、ビールを飲むか、と、ホテルのレストランに行った。お客は一人だけ。彼とは衝立を挟んでの隣のテーブル。「何故禁煙なのだ」と係の女性に言っては、喫煙室に行く。その2回目に、ぼくも行った。そしてそこで話して、テーブルに戻ると「そっちに行っていいですか」「どうぞ」となった。彼は業務用のミシンを扱っているそうで、山形在住。山形についての数少ない知識(たとえばひさしの戯曲とか高校演劇での知り合いとか)の断片を一つ出すと、彼の話は数十倍になって戻ってきた。3時間ほど聞いた。名刺をもらったので、手紙を出そうと思っている。

 朝5時半の目覚ましをセット。朝風呂に入り、朝食に行ったら、並んでいる。朝食券には6時半からと書かれていたが、15分前に行ったのに、その有様。並んで待つが進まない。インターハイの高校生が多く、慣れていないのか、バイキングの全品を少しずつとっている。後輩がご飯と味噌汁をついで待っている。ここはお前らの合宿所じゃない。自分で自分が食べるものを取ればいいのだ。「おい、高校生、もっとてきぱきと動いて。こんなに並んでるんだぞ」と言ってしまった。コンビニでのタバコをめぐる店員とのバトルといい、最近戦闘モードに入っているようだ。

 で、朝食を済ませ、6時37分の430円のバスで駅、駅から200円のバスで会場の「朱鷺メッセ」に向かった。金曜日はランスルーだった。

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新潟ウロチョロ日記ー弍ー

 2012北信越かがやき総体。「君は今希望とともに緑の大地をかけぬける」がテーマ。北信越は福井、富山、石川、長野、新潟。
 開会式会場は「朱鷺メッセ」。豊南高校の体育館6つ分くらいの広さか。屋内だからエアコンが効いている。加えて、照明効果が使える。いいなあ。一度事務局に何故大銀ドームなのだと訊いたら、インターハイは基本は外だとか。基本が2年守られていないのだから、基本もへったくれもないと思うが。

 会場の「朱鷺メッセ」のそばに川がある。通りかけた人に「あの川、ナンデスカ」と訊くと「信濃川です」。びっくり。昔地理の時間に日本で一番長い川のイメージがあったから、「これが?」とガッカリした。

 川沿いを歩いているとある建物に「震災 がんばれ 東北」と掲げてあった。震災がんばれって読めて、考えた。あの看板を作るお金を、と、思う。

 新潟は大きい。大きかった。

 
 

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新潟ウロチョロ日記ー壱ー

 昨年から一県開催からブロック開催になったインターハイ。来年北部九州で開催され、その総合開会式が大分の大銀ドームで開催される。その式典委員なるものになってしまい。それで「視察」に行ってきた。
 実は「行きたい」気持ちはゼロだった。昨年の青森、今年の新潟も屋内。大分は大きいから、「総合演出だから是非」と言われても、あまり役に立たないと思っていたし、移動に時間がかかり、これは腰の悪いぼくにはウームだったし、観たことで話を発展させていく人間はいないし、とかいう理由だった。でも、まァ、行ってきたので、どうせだからあなたの知らないことの周辺を書いてみようと思う。ヘトヘトで帰ってきた割には元気がいいナ。

 空港まではバスで行った。最初事務局から示されたのは電車で大分に行って、そこからバスで空港。面倒過ぎる。でも、佐伯から空港直行があるというので、高速料金とガソリン代、駐車場料金を考えたら、どうせ疲れてるだろうから運転するよりいいかと判断して、前日に大分バスの営業所で往復切符を買った。往復で800円安くなる。で大分空港に着いたはいいが、「視察団」を待つのに1時間。

 100名以下のキャパのJALのジェットで伊丹まで飛ぶ。この時のCAは可愛かった。伊丹でもう少し大きいJALのジェットで新潟に着く。空港からバスで新潟駅へ。人口万を超す新潟だけに駅も大きく歩いた。そしてまたバスでホテルへ。そのホテルが中心部から離れていて、加えて近くにコンビニもない。でもそういうところだったからこそ、イーダのささやかな闘争が始まるのだった。

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井上ひさし『言語小説集』を読む

 小説を読んでいて大分が出てくることはほとんどない。それは、たとえばこの夏何処に行きたいとか聞かれて「大分」と答える人が少ないであろうことと関係あるのかもしれない。まず頭に浮かばないのだ、書き手にも読み手にも。このひさしの短篇集には大分弁が出てくる。

 『マイ・フェア・レディ』の主人公は言葉かもしれないが、高校2年の秋ガランとした映画館で観た時、言葉で何処の出身かを言い当てるヒギンズ教授に驚いた。ひさしの『50年ぶり』にヒギンズの鮮やかさを思い出した。『括弧の恋』になると、恐怖のこだわり人間ひさしならではの作品で、おそらく誰も書かないし、書けない。長編小説にはない面白さを味わったけれど、ひさしはやはり長編が断然面白い。

 8月の公演中止以後、芝居の話が出ないゾという声がある。実は書いている。公演に向けて書いていた脚本は捨てた。今は瞬時にタイトルが生まれた脚本に向けて取り組んでいる。多分タイトルは変わることはないと思うが、『夜伽の部屋』という。登場人物の設定をしながら、「行き場を探す台詞たち」に思いついた台詞を書いている。と、まァ、そんなことです。んじゃ。 

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ヴァージニア・ユウワー・ウルフ『レモネードを作ろう』を読む

 アメリカの若者は独立心があり、大学に進学するのにも親からお金を出してもらうのではなく、自分でお金を作ったり、奨学金を利用しすのだ、というような文章を読んだのはいつだったかは忘れた。でも、その内容はしっかりと残っている。この小説の語り手の女の子もそうで、ベビーシッターで進学を目指している。ところがそこが実に問題の多い家庭で。

 文芸誌の広告だったか、表紙だったか、「物語ではなく小説を」とかいうのを見た時、そうなのだ、と、頷いた。作家は物語をつくるのではない。物語から零れてくるものに目が向いている。それを煎じ詰めれば、物語は消えていく。どうも上手く説明できない。ぼく自身よくわかっていないのだろう。ウン。で、ウルフの小説がどうかというと、それは自分で読んで判断を!

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やっちまったぜ~

「そこ押して下さい」
店員はレジの画面を指さした。20歳以上ですという文字が画面にデンと出ている。セブンイレブンで始まり、ローソンまでが導入したタバコを買う時の不快な仕掛け。
「君はぼくが20歳以上かどうか判断できないのか」
「そういう決まりですので」
「自己申告なら、高校生でも買えるじゃないか」
「・・・」
「売る側が判断することなのだから、君が押すべきだ」

店員はシブシブ体を伸ばして押した。ホント、バカみたいなことを考えるものだ。この体質は大津の教育委員会の不手際に通じるものがある。日本がどんどんダメになっていく。

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ちびっこフェスティバルの問題

 昨年も書いたが、市長はじめ「おえらいさん」の開会式でのスピーチの何とバカげていることか。目の前には子どもが沢山いて、その後ろに保護者の方がいるのだが、その保護者向けの言葉しか持ち合わせていないのだ。子どもに語りかけろよ!何とお粗末なオトナだろうか。

 そして、また壇上から「おえらいさん」がお菓子を投げる。昨年もそうだったが、それをキャッチできない子どもがかなりいる。そんなことして、一体誰のためなんだ。愚かとしか思えない。

 そしてそして、司会のお粗末。手元のメモしか読まない。

 主催側の内部で意見は出ないのだろうか。そういう集団が不思議でならない。今年は直言したい。

 

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雨、雷のち募金

 2時過ぎに雨が降り出した。生徒会長に「雨でもやります」と伝えたら、今度は雷が鳴り出した。雨の水害による人たち支援の募金活動だから、雨くらいではと思ったが、雷ではいけない。移動する生徒の安全が何より優先。
 しかし終業式の後で、参加する生徒の中には店をブラブラしているかもしれないと思い、出かけた。やはり。それで、会長にはタクシーで来るよう伝えた。そのタクシー代も募金に回せば、とも思う。また、熱中症予防のためにと飲み物を買った時もそう思った。しかし、募金活動は生徒の体験の場でもあるから、許されるだろう。
 雨ということで「中止だろう」と考えた生徒もけっこういたようで、それでも2箇所で30名ほどの生徒が2時間声を出してくれた。豊南の生徒はこういうことを平気でやってくれる。中には年配の人に駆け寄っては荷物を運んであげたり、カートをもとに戻したりする生徒もいて、そういうシーンは学校では見られない。ぼくにとって貴重な「目撃」だった。

 雨でお客の出足も鈍かった。でも、「ああ水害の・・・」と言って募金箱に入れてくれた人が多かった。優しい人に出会うことができる募金だった。募金していただいた人に感謝。生徒にお疲れ様。次は花火大会の夕方。昨年は女生徒の浴衣姿に魅了されたのだった。

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日田を走る

 終業式の日に募金活動をすることになり、昨年は東北支援ということで日本赤十字に振り込んだ。東北の支援はまだまだだけれど、日田を大雨が襲い、ここは身近なところだろうと考え、生徒会長と話して、日田支援に決めた。ニュース画像で大変さはわかっているものの、ぼく自身の内的必然を確固たるものにしたくて、日田まで走った。

 濁流激しい三隈川以外は晴天の街は思った以上に落ち着いているように見えた。街角にちらほらと作業着にクワを持った若者がいた。中心地を少し離れると、車が土煙をたてて走る道路。おそらくそこまで土砂が流れたのだろう。流された大小の木々が絡みつく河川付近には重機が目立った。

 日田に決めた直後、今度は竹田で大きな水害。竹田のほうが近いから、かといって募金に軒下を借りるところには日田で申請してるし、はてどうしたものかと考えながら走った。久しぶりの遠出で、帰るなりバタンキューだったが、明日腰の状態が良く、元気があれば、竹田まで走ってみようかと思う。

 情けは人のためならず。お互い様。大きなことはできなくてもいい。声を出して募金をお願いして、そのお金が何かの役に立てば。そういうささやかな形で世界とつながっていれば、と、思う。20日の3時からサンリブとトキハでやります。

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『20歳のときに知っておきたかったこと』を読む

  たとえば「一度始めたら最後まで」とか「初心を忘れるな」とかいう言葉は何度も聞いた。目の前のオトナがみんな言ってたと思えるほどだ。だから、何かをやめる時「ダメな人間だな、俺は」と自分に刃を向けたこともある。今は、初心にいつまでもしがみついていてはダメだと思う。生きていくにつれ、世界を知っていき、「こんなこともあるのか!」と感動の出会いは数知れないからだ。面白くないと思えば、やめればいい。ただし、やめて何もないのならやめてはいけない。情熱のバトンを渡せるものがあってのことだ。

 スタンフォード大学のティナ・シーリグの息子があと2年で大学に行く時に、20歳になる前に言っておきたいリストを作ったことがこの本になったとか。今まで読んだ「人生指南書」的な本の中では白眉。ホント、もっと早く読んでいたら、と、悔やまれる。でも、カウントダウンに入った今でも有益だ。

 最初から読むと面白くないかもしれない。その時はたとえば9章から読めばいい。ぼくはそうして、結局最初から読み直して、フムフムだったのだ。

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『夜の来訪者』を読む

 大学5年目の一年間、建築の専門学校で教養の英語でJohn Boyton Prieestleyの“An Inspector Calls”を教えた。教えたって一体何を教えたのか、いやそもそも教えることができたのか甚だ怪しい。何かと色々世話をしてくれた助教授の勧めで行ったのだが、英語なら何をやってもいいということで、教えるなら最後まで読むだろうということで、選んだ戯曲。最近(といっても5年前だが)その翻訳が岩波文庫に入り、たまたま見つけて買ったのだが、こんな内容の英語を読めたのだろうか、と、思う。学生は面白くなかっただろうと思う。

 ただ、ある程度は身体のどこかに沈殿していたようで、玖珠農高の演劇部に『ハッピー・バースデイ』というタイトルで翻案脚色して上演した。その後、さらに手を入れて舞鶴高校でも上演。ともに、その時の審査員が東京の米本一夫さんだった。

 時に『警部の来訪』というタイトルで今でも時々上演されるが、舞台を現在に移して、高校生役ではなく大人を配して、いつか上演したいと思っているが、役者がいない。夢の芝居の一つである。

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別れた人

 会いたいと言っている、友人と名乗る人はそう言った。はてどうしたものかと思ったものの、断る理由もないので、喫茶店に会いにいくことにした。
 そこは奇妙なところで、喫茶店というより、美容院の一角にある喫茶コーナーで、奥のの方にはマッサージなのだろうがベッドが仕切りカーテンからチラリと見えた。「襲いはね」その友人は時計を見て言った。遅いも早いもないんとぼくは想いながら、奥のほうに視線をやると、ベッドに横たわっている女性のかすかに見える横顔で彼女だとわかった。「あそこにいますよ。鼻の線でわかります」とぼくはその女性に言った。ベッドの女性は起きて、こちらにやってきた。髪をいじった後、ちょっとマッサージをしてもらっていたと言う。そして、箱を差し出した。「返そうかと思って」「ああ」「持って帰って」。ぼくはそれを受け取ると、家に持って帰った。これでおしまいか? 普段なら行かない。ところがその時はもう一度ノコノコさっきの場所に出かけた。すると彼女は待っていた。「他に用事はない?」「ないわけじゃないけど」「場所変えようか」「何処行く? 何処行きたい?」。そう言ってぼくをまっすぐ見る彼女は綺麗で、「やはり綺麗だな」とぼくは思った。そこで目が覚めた。

 教師になってまもなく出会った女性。だから当時のままなので、綺麗なのだ。その夢の中で、ぼくの住んでいるのがアパートで、その位置が、新しい佐伯警察署と重なるのは、まあ夢の愛嬌か。

 それにしても、受け取ってまた会いに行くというのが信じられない。何故だろう、と、犬と散歩しながら考えた。もう10年以上前、一度夢に彼女が出てきた。ファミレスのような居酒屋のようなところで友達と飲んでいたら、彼女が友人数名と入ってきた。ぼくは身を隠して、彼女は気づかないまま通り過ぎた。ぼくはホッとすると同時に言いようのない後悔が押し寄せた。その夢の記憶がまた会いに行かせたのだろうな、そう思わないか、と、ぼくは犬に同意を求めた。犬の反応は夢よりあえかだった。

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『ふしぎなキリスト教』を読む

 かつて英文学徒だった頃、芝居と恋に明け暮れて、時々ギターをかき鳴らしては歌うだけで、常に誰かがいて、常に酒があった。英文学の何を学んだかといえば、無に近い。本気になってやろうとすると、歴史とキリスト教を勉強せないかんとわかっていたが、それには途方もない時間がかかることだけはわかっていたから、しなかった。コツコツと積み重ねることをしなかった。コツコツがないと飛躍もないのに、と、今ならわかるけれど。

 橋爪と大澤が対談形式で進められるこの本は、面白く、学生時代の疑問がどんどん溶けていった。キリスト教をほんの少し理解してくると同時に歴史上のあれとこれとがなるほど、と、なる。加えて、宗教の理解は人間理解にもつながるから、知識の一つ一つがバンバン刺激してくる。読んで損はない一冊。

 さて、長い間、更新しなかったけれど、パンと破裂して分散した自我を拾い集めるようなことをしていました。ジュリアさん、暖かい言葉をありがとう。みなみさん、これからは書けそうです。ありがとう。

 

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