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柄本明の言葉(5)

 人は努力と言いますけど、言い方を換えれば、努力というよりも、その人の持っている「欲望」の深さなんじゃないですか。(略) その欲望を満たそうとすれば、死にもの狂い努力するわけですよね。でも、一方では、それを人に見せたらおしまいだというところがあるわけですよね。(楽) つまり、俳優は、だいたい、人に見せない秘密の部屋を持っていて、いかに自分の欲望とそこで付き合っているかということです。

 『東京の俳優』は4年前に出版されている。できればもっと早く読みたかった。早く読んで、何がどうなるってなもんじゃないけれど、本を読んでこんなに「ウン、ウン」とうなづいたことはないんじゃないだろうか。遠いと思っていた人が意外に近いと思った瞬間のときめき、これは恋に近い。

 話は変わる。さきほど、部屋にゴキブリを見つけ、踏みつけた。素足じゃない。ぼくは家ではサンダルをはいている。スリッパは鬱陶しいし、すぐに形がくずれて、そんなことはどうでもいいんで、ガンと踏んづけて退治したのはいいが、そのガンが骨に残っている。もろくなっている。次に同じようなことをしたら骨折するかもしれん。今度バルサンか何かで徹底的に退治したほうがいいかもしれん。ゴキブリよ、この欲望は深いぞ。

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柄本明の言葉(4)

 稽古場というところは、演劇をする人にとっては、神聖な場所なんですね。
 なぜかというと、ここから「何か」が生まれてくるからです。宝ものと言ってもいいかもしれない。逆に言えば、稽古場からでしか、宝ものは生まれないということですね。家でいくら稽古をしていても、、そこから生まれ出るものは、わずかしかないということです。

 高校生の頃『映画の理論』とかいう本を読んでいた時だったか、別の本科もしれないし、もしかすると演劇の本だったかもしれない。劇的なるものは「対立」から生まれるとかいう文言に出くわした。まだ素直だったので、そうなのか、と、思った。今はそうは思っていない。「ずれ」だと思っている。
 稽古場は柄本の言う通り。体調が悪い時でも、稽古に行けば、動いて、笑って、話しているうちに体調のことは忘れ、夢中に楽しんでいる自分がいる。アイデアが次々に出てくる。おそらく、自分で考えている時には出会わない「ずれ」がそうさせるのではないかと思う。気の合う仲間でも、「そう動くのか」「そんな風に喋るのか」という自分が考えていたものとの「ずれ」。その「ずれ」にきちんと対応するところから生まれるものがある。だから、稽古場は世界で最も面白い場所だと思う。

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柄本明の言葉(3)

 リーダーはね、思いっきり注意深い人でないとだめだめだと思いますね。

 ぼくが大学の演劇部に入ったのは、映画研究会に入っており、脚本の勉強のためだった。ところが、映研をやめ、演劇部だけになった。演劇部のほうが魅力的だったからとはではなく、映研が面白くなかっただけのこと。
 当時の演劇部の部室は今にも壊れそうなプレハブで、学生運動の名残のヘルメットや角材があった。活動はテキトーで、その演劇部もやめようかと思っていた。何のきっかけだったのかはとんと覚えていないが、結局6年在籍した。
 そこで芝居つくりを何か学んだかといえば、これだ!というものが思いつかない。そんなぼくが演劇部顧問になったところで、発声やら運動を教えることができるはずがない。ぼくは指導者ではなく、一番の観客になることにした。よく見て、よく聞き、おかしいと思ったことや疑問をすべてぶっつける。それだけ。

 衣装や小道具に金をかけないで、知恵を働かせること。そうしたことも演劇のなかに含まれると思うし、それがまた、僕らの演劇の武器のひとつなんじゃないかと思うんですよ。

 ぼくの書く芝居は室内が多い。でも、壁とか窓とかドアのある装置を使ったことがない。作れないから。お金もないし、あったところで作って、運んで、設置して、ばらして、また運ぶ。そんな労力を考えただけでメンドーに思えてしまう。で、ずーっとやってきて、要らないという思いを強くしている。時々そういう何もない舞台での芝居を見ることがあったが、ドアを開ける真似をしただけで、引いてしまったものだ。ドアがないのに、開ける真似はしちゃあイカンと思う。だって開けるたびに手の位置が微妙に違うんだから。むしろ、極力説明的なものを取り除くところに演劇はあるんじゃないかとさえ思っている。

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柄本明の言葉(2)

 最初から自分の姿をたくさんの人に見られたいと熱望している子よりも、人に見られることが恥ずかしいと思っている子のほうがね、なんかね、俳優としては未来が感じられるっていうことですよ。

 今の日本で恥を知らないのは政治家だろう。あいつら税金でメシ食ってるくせに、国民のことは全く考えていない。
 「恥ずかしい」という感情は大切だと思う。他人の目を感じているからだ。この部分が極端な速度で日本から失われていないか。
 俳優は人間の中で一番人間なのだ(極端?)。だからこそ様々な人間を演じることができるのではないか。

 人前に立つ生徒に「緊張してる?」と訊くと、「はい、少し」と応える。「少し」はもしかすると自分をなだめるためかナと思う。「緊張しないのは鈍感な人間だ」とぼくは言う。緊張する場面をできるだけ多く経験するほうがいい。

 9月16日から就職試験が始まる。面接では緊張するだろう。そこでちょっととちると、あ~ダメだと思ってしまって、以後ボロボロ。でも、緊張してるのは、百戦錬磨の面接官は承知。そういう場所で緊張して当たり前。なのに、自爆してしまう。

 柄本の言葉の「俳優」の部分に「人」としてもいいのではないか。

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柄本明の言葉(1)

 俳優とはなんと愚かなものなのでしょうか。舞台に立ち、人の目にさらされた瞬間、その人  そのものではいられなくなる。何かをしなければいけないのだと思ってしまう。しかも、その何かをする行為を、見ている人に絶賛されたいと念じてしまう。

 「しかも」の前でカットしようか、それとももっと続けて引用したほうがいいのか迷ってしまった。多分ゲネの時より本番がよくなるのも悪くなるのもその辺が影響するのではないかと思う。ただ、たとえ悪くなっても、観客の前で演るほうが断然楽しいのは確かだ。WOWOWで三谷幸喜の作品を完全収録のために客席をカメラで埋めるために観客を入れなかったのを観たが、面白くなかった。そんな完全のために、観客を入れない不完全をやってしまったわけだ。観客が入ってない舞台は通し稽古でしかないのではないか。

 今まで50本ほどの舞台にかかわってきた。うち半分ほどは役者で舞台に立っている。ほとんどが死滅している脳細胞の記憶部分をさぐれば、たとえば、大学では先輩がいた時のほうが、もしかするといい芝居ができていたんではないか、そう思えてくる。それはあまり観客を意識せず、舞台の先輩を意識していたからではないか。あの頃はハチャメチャがあった。柄本の本を読んで、彼の初期の頃の部分を読んで、ぼくと重なる(程度は落ちるけれど)部分を思い出した。最初は考えてもいなかったことが、ついついやっちゃいましたみたいな。それは芝居ではないかもしれない。ただ、芝居の根っこに触れたのではないか。柄本は自分のことを何度も「馬鹿ですね」という。芝居に向かうにも、それを続けるにも、「馬鹿」でないといけないのかもしれない。そのほうがいいのかもしれない。それは芝居だけに限ったことではないかもしれないけれど。

 処女作を超えることはできない、ってのはその辺にあるのかもしれない。処女作は生まれる。ただ、続けているうちに作ってしまう。だから瑕疵がなくても、瑕疵だらけの時よりも、面白くないのではないか。

 以上、これはプロではなく、アマチュアだからこその現象。

 

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柄本明『東京の俳優』を読む

 柄本明という俳優は最初は好きではなかった。的確な言葉ではないが、「毒気」みたいなものを強く感じていたからだ。最近は、そのギラギラした毒気が抜けて、確かな存在感になったように思う。『カンゾー先生』は好きな映画。その柄本明に小田豊二がインタビューしたものを柄本明の語りの口調で書いた一冊。
 これがベラボーに面白い。あちこちに面白い言葉が多いので13の付箋をはっつけてしまった。おいおいそのいくつかを紹介しようと思う。

 今は、体験入学に行った娘が、断続的な風雨の中無事に帰るのを待つ。こんな天気だから中止にすると思っていたら・・・。学校によっては、日ごろ授業でやっていないことを平気でやるところもあり、だから、体験入学なんざ、それほど価値があるとは思えないんだけど。

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ケストナー『点子ちゃんとアントン』を読む

 裏カバーに「小学4・5年以上」とある。時々こういう本を読む。子ども向けの本であろうと、オトナにとって面白いものでなければ、愚作である。この本はいい。作者がきちんと書いている。ただ。

 ただ、各章の最後に「立ち止まって考えたこと」という作者の解説というか補足というか、それがある。それはそれで役に立つ。でも、子どもには物語をまるごと体験させたほうがいいように思う。一つのエピソードごとに作者がこういうことですよ、みたいなものはどうか。でも、試みとしては面白い。

 20日にウインドウズが起動しなくなり、泣く泣くリカバリー。全部消えた。少しずつ回復させていると、いやはや、何とインストールの多いことか。トラブッた時、詳しい友人に電話したら「新しいの買ったら」。それは考えた。しかし、まだ一年と2か月。もう少し使わないと「高価」なものになってしまう。こういう時、多分点子ちゃんは鮮やかな言葉で救ってくれるだろう。

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石渡・山内『アホ大学のバカ学生』を読む

 就職する生徒は毎日学校に来て、履歴書書きと面接練習に頑張っている。3年部の教師は忙しい。中には「ぼくの長所と短所は何ですか」と訊かれたりとか、志望理由が書けないとか、面接が頓珍漢とかで、大変だ。

 一方、推薦で進学を決めている生徒の中にはフェイスブックで釣りに誘ったりとかで悠長なもんだ。

 今日読んだのは、そういう風に進学したところでどうなるの、ということを考えさせる。そんなことは今に始まったことではないが、身近にいると、考え込んでしまう。今に懸命だからこそ次の展開があるのだ。勉強が嫌なら進学なんざしないことだ。今できない勉強が大学でできるものか。

 ただ大学も大変なようで、タイトルに似合わず、内容は実に真摯。頑張っている大学の一つに県内の大学が入っていて、少し嬉しくなった。2学期からの雑談の材料ができた。

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長谷正人『敗者たちの想像力ー脚本家山田太一ー』を読む

 もう一度観たいTVドラマは何か。三本挙げれば、『天下堂々』『鰻繁盛記』『記念樹』になる。『天下堂々』(こんなタイトルだったと思うが自信がない)は平賀源内が主人公のドラマで、大学に入って日本古典文学大系の一冊の平賀源内集を買ったほど。『鰻繁盛記』の主人公の名前は「うながも・へいすけ」で、発明の才能の人。たとえば、電熱器をテーブルの天板の下につけて、電気炬燵にするとか。偶然にも源内もへいすけも発明の才能のある人。そして『記念樹』は毎回泣いた記憶がある。馬渕晴子演じる先生と一人一人の教え子のドラマ。「桜の鼻が~」というテーマソングが老いた脳にも残っているくらいだから、おそらく毎週観てたと思う。

 その『記念樹』の脚本を書いたのが山田太一ということを長谷の本を読んで知った。巻末の資料を見ると、1966年に46回にわたって放送されている。46回観れば、頭の悪いぼくでも覚えたということだ。そしてその脚本は巻末の資料では山田の脚本のトップに出ている。山田のスタートを切った作品ということか。もっとも、監督の木下恵介との共作のようだが。

 それ以外の山田作品で観た記憶があるのは『男たちの旅路』の幾つか。『岸辺のアルバム』も『沿線地図』も『ふぞろいの林檎たち』も観ていない。長谷は山田作品を敗者の視点で展開している。面白い。そして、猛烈に山田作品を読むか、観たくなってきた。

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林成之『脳に悪い7つの習慣』を読む

 時々いつ買ったのかわからない本が出てくる。何かの拍子に見つけて読むと面白い。面白い本を見つける確率はイチローの打率よりははるかに高いと自負する。

 たとえば校長の話しとか文章とかに接して、精神論とか「がんばれ」的な言葉があると、ああ、この人は何もわかっていないナと思う。バカだ。そんなことで何かが向上するなら学校は要らない。もちろん、校長も要らない。昔、ある学校の校長は冬の寒い中での体育館での全校集会に「暖房着はダメだ。精神が足りん!」と怒鳴った。「あなたが南極に行って、氷を精神力で溶かしたら一生奴隷になる」と言って、精神を理由にするアホバカに抗議shたことがある。精神論が悪いと言わない。ただ、それをきちんと分析できてないで「精神力」という言葉だけを持ち出す輩には反吐が出る。

 この林先生の本を読むと、脳の働きを基本に考えるので、なるほど、と、思う。この「なるほど」をぼくは「名前をつける作業」と呼んで、生徒にそういう名前でもいいから自分が勉強したことに名前をつけるように言ってきたが、小林理論にけっこう適っているようだ。

 とりあえず生活を科学する時、脳を無視しては気持ちだけになってしまう。この林先生の本を読んでからにしたほうがいい。特に、これから勉強に本腰を入れようとする人には絶対役に立つだろう。い。

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初盆狂騒曲(最終章)

 4時半に起き、シャワーを浴びて、5時に家を出た。一般道を7時くらいまで走り、それから高速に乗ろうと考えていたが、家を探すのに手間取るかと思い、6時に光吉から乗った。ナビは到着時刻を9時半と示していた。早すぎる。昼前に着くと知らせていたので、途中、徳に10時頃とメールした。休み休みでも9時半に目的地に到着。丁目と番地の数字を頼りに推理しながら探すけれどギブアップ。何回か通り過ぎた交番に駆け込み教えてもらう。お巡りさんは、地図を指で示しながら懇切丁寧に教えてくれた。しかし、老眼鏡がないのでボンヤリしてて、だから、その家の前を5回ほど通り過ぎたのだった。
 ようやく見つけ図々しく駐車場に停めて、ピンポ~ン。
 戸田と長女が盆の片付けをしている最中。Kの人柄を偲ばせる光景。長女はいい顔になっていた。どことなく父親の雰囲気が口元辺に漂っている。戸田と初盆狂騒曲をワイワイしてると、徳が到着。膝を痛めていて、痛々しい。それからまたあれやこれやでワイワイ。そうこしているうちに『薮原検校』でお市を演じた福が到着。相変わらず声量をコントロールできなくて、だから賑やかになった。「ばあちゃん」になったとのこと。子どもより、孫が可愛いか。
 昼食をご馳走になりながらワイワイ。帰らねば。今夜は地区の供養の盆踊りなのだ。位牌をもって櫓の手前のテーブルに並べる。今年初盆を迎えるのは5軒。和尚が来て、読経。その後踊り、そして抽選大会。多くの数字が読み上げられるが、かすりもしない。こんなことは宝くじで慣れてはいるものの、やはり運命を呪いたくなる。

 帰って、Kを偲ぶ会の簡単なパンフレットをじっくり読んだ。それはセンスある温かみのあるもので、Kの充実の毎日の積み重ねを実感できる言葉で埋められていた。

 かつての芝居仲間はもう格好をつける必要もないし、その気もない。だからこそ率直に語り合える言葉を獲得している。毎年、来れる奴だけでも語り合う会を持ったほうがいいナと徳と話した。こういうセッティングはやはり武か、と。

 心はパラシュートと同じで開かないと意味がない。人は水と同じで、動かないと淀み、腐ってしまう。動こう!

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初盆狂騒曲(3)

 実家は今は住む人もなく加速度を増して朽ちていく。施設に入っている母を迎えに行くと、その家に行き、ちょっとさがしたいという。今更何を。49日の時にさがして、もう何も要らないと言ったのに。長年暮らした家、その思いはわかるが、もはや土足で入るような状況。
 弟が帰ってきて、「言わせておけよ」とは言うが、それは、遠くにいて滅多に会わないからだ。

 昼過ぎに和尚が来た。この人は実にいい人だ。だから、ぼくの仏教への不信がにぶる。でもいい人。ただ、僧侶はその上のレベルが求められるのではないか。このへんは『夜伽の部屋』で触れることになる。

 そして今日初盆は終わった。いずれ「佐伯のおいしい店」で紹介するところで「打ち上げ」。でも、明日の長崎で初盆は終わることになる。

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初盆狂騒曲(2)

 昨日3時頃だったか、稲光と雷鳴と豪雨。その中を年配の女性3人と小学校3年生の女の子が来訪。あまりに突然だったので、「見合わせる」には遅すぎたのだろう。傘など役に立たなくて、かなり濡れていた。申し訳ないぶん、感謝の気持ちが強くなった。また、それより前に別府から友人夫妻がわざわざ。あれこれの話は故人とは関係ないから、エアコンの効いたリビングに案内すれば良かったと後悔。おかげで、『夜伽の部屋』の勢いがついた。

 雨が止んで上の娘と墓参り。いつお客が来るかもしれないので、妻は留守番。下の娘は早朝オーストラリアに旅立ったばかり。途中、幅2メートルほどのいつもは水のない谷(正式名は大内川らしい)に泥水が勢いよく流れていた。短時間の割には量は凄かったんだ。それにしてもまた急な坂。宝くじが当たったら、ここをゆるやかな階段にしようと決心(決心をしたら、宝くじに頼らないで、自力でお金を作りなさい!)。まァ、娘とのいい時間ではあった。

 そして、今日はお客が多かった。
 父の葬儀が終わった頃、幾つかの業者が「四十九日」の引き出物のパンフレットを持ってきた。彼らも一つの商売のチャンスと思ってのことだろうが、タイミングとやり方をもう少し考えられないものか。今回も数は減ったが、やはり。
 知人が籠盛りを届けてくれて、加えて生徒がアルバイトをしているので、今回はその業者にした。ところが、何人来るか読めない。率直に数と値段を相談したら、こういうものでいいんじゃないでしょうか、と。数は余ったら引き取りますから、と。「じゃあ、100頼んで、一つしか使わなかったら99は引き取るということですね」「そんなことはありえません」。フム。それで、誰か来る、応対する、お茶を出す、お礼を渡すという動きがだんだんスムーズになっていった。娘の働きが実によい(親バカ、バカ親?)。

 一人10分くらいが次々。エネルギー消費量は大したことはないんだろうが、結構疲れる。ウーム、次回。
 

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初盆狂騒曲(1)

 初盆ですね、と何人かの人から言われ、「はァ」と曖昧なイエスを返した。実は初盆の意味が良くわからない。
 乱暴な言い方だけれど、仏教のあれこれがお寺の経済を支えるシステム以外のなにものでもない、と、思っている。いやそうではない。亡くなった者を偲ぶのは大切なことだ、そのためのシステムなのだ、と、一方では考えもするのだけれど、実感が伴わないから消え去る。
 一番わからないのは戒名。戒名は「三途の川」を渡るパスポートだと理解しているけれど、そもそも三途の川自体一種の比喩みたいなものだから、そのパスポートがファーストクラス、エコノミークラスみたいに等級がある。それがお金で決まる。死んだ者を宗教が弔うのはありがたいが皆平等でいいのではないか。お金を払える者と払えない者で差別していいのか、と、思う。そして、それが寺によって値段が違うのだ。宗教法人として守られていることに首をかしげる寺もある。

 さて、うちの墓は500メートルくらいのところにある。ただ、墓の手前は急斜面になっている。だから墓参りはしんどい。墓参り前に掃除がある。それは2日に分けて、朝の犬の散歩をかねて行なった。2日目は犬でさえも登り口でイヤな顔をした。宝くじがあたったら、その墓場の数箇所に水道を設置したいと考えている。

 些細だが無視できない作業の様々な想いが入り交じって、初盆を迎えた。

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『脚本を書くための101の習慣』を読む

 「22人の脚本家による、書き続け、成功するための秘訣」と腰巻にはある。その22人の脚本家には『アバター』『ダイハード』『レインマン』『エアフォースワン』『フォレスト・ガンプ』等々の作家たち。400ページ近い本の7割くらいは「とにかく書く」が異口同音に繰り返される。

 映画の脚本と芝居の脚本は違う。ただ、アメリカの映画は何十億ドルものお壁が動くから、事情も大きく違う。だから参考にならないかといえばそうではない。書き続けるためにはどうすればいいのかもそれぞれの作家が語っているので、ヒントは多い。加えて、脚本の部分を大學入試合格、英検合格、あるいは仕事での成功に置き換えてもいいように思う。根っこは同じなのだ。

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雨の花火大会

 5時にライオンズクラブ会員の店の二階に集まり、プラカード作り。それから募金場所までプラカードを持って移動。断続的な雨に打たれながら募金活動。豊南高校の生徒のいい所は、雨に濡れながらも「ダリィ」という言葉はもちろん、その素振りも見せないこと。豊南高校には他の学校現場に見られる「いびつさ」がない。それは時に「のんびり」とかに見られることもあるが、一種の「余裕」と考えれば、それは生徒の成長には必要な視点かもしれない。それをどれだけの職員が認識しているかはわからないけれど、生徒会顧問をしていると、その部分は生徒会活動を通して守りたいと思う。そして、次に引き継ぎたい。

 総合学科が生徒にどういうふうに機能しているのかはわからない。ただ、市内に4校ある高校の中で、かなり多様な活動ができるところがいい。劇場には全ての人に場所がある、が、ぼくの持論だけれど、豊南高校は全ての生徒に場所があるようにできていると思う。

 せっかく浴衣を着て来れたのに、募金だけで帰る羽目になった生徒には、三年生の夏で、最後の花火大会だけに、雨を恨んだ。でも、募金に来てくれた。このジジイに元気をくれた。もう少し頑張れそうだ。

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タマをとる

 2ヶ月ぶりに「おがくず風呂」に行った。ちょっと早目に着いたので敬愛するオバチャンはいない。でも、子猫がいて、遊んだ。リュックの紐や、ブラインドの紐をチョコチョコと動かすと彼(彼女)は猛然と突っ込んできて、前足でチョコマカしては噛む。そういう猫の動きを「タマをとる」と祖母や父母は言っていた。それを思い出すと同時にヤクザ映画での「タマとってこいや」みたいな台詞を思い出した。そういう映画で「タマをとる」のは下っ端が多いように思うが、つまりは子猫扱いということか。

 汗をたっぷりかいて、身体が少し蘇生した感じ。ただまだ(もう?)攻撃的な精神にはついていけそうもない。まァ、逆よりはいい。

 どうやら男子サッカーはエジプトを破りそうだ。以前とは見違える動き。無駄がない。彼らの縦横無尽の動きが羨ましい。また得点した。彼らの動きの裏にぼくらが予想できない「科学」が作用している。この「科学」を自分にできるようになるよう学校は考えなければならない。

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石田衣良『再生』を読む

 街の風景のロングからカメラが寄って一人に焦点を当てる、あるいは一人からカメラが引いて、その人が街の中に埋没してしまう。映画やテレビドラマでよく見る手法。つまり、たまたまその人のドラマではあるけれど、他の人にもそれぞれドラマがあることを示している。
 石田の『再生』はそのそれぞれのドラマを描いている。「目の前で起きていることに目を凝らし、それをきちんと書き留めていく。それは作家の数ある仕事のなかでも、とても大切で順位の高い要件の一つです」と石田はあとがきで書いている。作家というのは漠然としすぎている。もし作家のかわりに小説家という言葉にすれば、石田の発言は出てこないのではないかと思う。でも、この中に収められた12の短編に出てくる人は、つい「がんばれよ」とつぶやいてしまうような人たちだ。

 毎日ぼくたちは多くの人とすれ違う。その一人一人が様々なドラマを持っている。東北の被災した人たちに様々な形で支援するように、周囲の人たちにも同じように接する姿勢があったほうがいいのかもしれない。

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新潟ウロチョロ日記ー六ー

 月曜日に生徒と日田まで終業式の日の募金を届けに行った。ほぼ300キロを走ったのだが、帰路はかなり疲れていた。昨日は休養室で2回少し眠った。新潟での疲れが抜けないまま日田に行き、限度を越してしまったのかもしれない。無理がきかない。これが老いか。

 さて、本番は滞りなく終わった。終わるとすぐに新潟駅に移動し、空港バスに乗る。離陸40分前に空港に着き、織り込んだのはプロペラ機。ぼくの席は丁度プロペラのところで、回転するプロペラの向こうに活力に満ちた積乱雲の様々な形を見ながら過ごした。伊丹から大分もまたプロペラ機。「大阪より6度低い30度」という機長のアナウンスにどう理解すればいいのかわからなかった。帰りのバスに乗ると路面が濡れていたので、そういうことか、と。

 我が家には9時前に帰着。こしひかりで作ったという焼酎をガッと飲んで、寝た。

 こんなことでもない限り新潟に行くことはないだろう。ただ、どうなるかわからないが、佐渡のパンフレットを持ち帰った。朱鷺メッセの近くから佐渡への船は出る。往復の飛行機で5万弱。10万の旅になるが・・・。

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